きょうは連休の合間ラボにでて、いくつか仕事を片づけました。メンバーとも雑談。あさってから、沖縄に3日間行くので、準備も必要です。いろいろ慌ただしい。
娘が読んでいた、中尊寺ゆっこさんの英語学習の本をパラパラ見ていて、ちょっとわたくしも英語のことで発言したくなりました。このかた惜しいことに最近亡くなられたのですね。死の直前に完成した本のはずなのにとても明るいトーンです。
わたくしは、文法とか熟語とか色々大切なことはあるけれど、日本人はとりあえずアルファベットをきちんと発音できるようにならないものかといつもおもいます。これが一番大切で、最後の最後まで日本人の英語使いの足を引っ張ります。
子供の頃にアルファベットをきちんと発音するように教育されたらわたくし自身もどんなに楽な英語生活をしたでしょうか。
ところがよく考えるとアルファベットの発音なるものが、カタカナの問題ともあいまって実は巨大な問題であることに気がつかざるをえません。
まずLとRの区別。日本人がこの違いを音として識別できないことは誰でも知ってますが、その対策を誰も取ろうとしませんね。どんな教養のある人が立派なことを書いていても、RとLのミススペルがあったりすると、残念ながら突然幼児言葉を聞いたような衝撃を受けることを知らねばなりません。これはわたくしの書いた文章のなかでloyalとroyalのうっかりミスを指摘したある米国人教授が嬉しそうにわたくしに言ったことです。
英語教育者も文科省もなにかを提言したと聞いたことありません。LとRがちゃんと分かるには生後3か月で違いのある音声生活をしなければ駄目という悲しい話しもありますが、それはどうしょうもないとしても、カタカナでLとRの区別をなぜつけられないのか? 絶え間なく、LとRの違いが分かるようにカタカナ表記すれば随分違うのにと、ちょっとおもいます。
しかし、よく考えるとどうもそれは無理なのではないか。らりるれろ、あれはra ri ru re roですか。新しいL用のカタカナを造ってLとRを区別出来るようにしたとしても、そもそもあなたとわたくしが発音するラーメンの 「ら」は本当にRですか?自分でもよくわからないですよね。なんかLとRの中間的な音みたいな気がします。
歌手なんか日本語のらりるれろをLぽく発音したり、Rぽく発音したり楽しんでいろいろでしょう。かたかなでL、R用を造ったりするならば、へたすると、L、Rノイローゼになって、日本語すらどう発音していいか分からなくなりませんでしょうか?
ブログなんていってますが、どの程度の人がLかRのどちらか分かって喋っていますかね。ヘルプとかツールとかいちいち正しくL、Rを区別してカタカナを書く、たぶんこれは難しいですね。でも誤って覚えたら、一生直らないかもしれません。
カタカナというのはホントに罪深い。
しかし、b、vの違いはなんとかなりませんか?昔はウに点が2つで「v」にしてたんですが、あれを復活すべきではないでしょうか? v、はかなり異なる音だとやはりしらないといけませんね、それにせっかく子供がアルファベットの正しい発音を学んでも実践が出来ませんよね。でもたぶん国語教育者が猛反対するのでしょうね。旧かなだって、本当は残してれば、音声の種類は色々あるということに気がつくのですが。
h、fこの違いも今のカタカナでは、うまく対応できませんね、cもthもdもwも気をつけないと通じません。これすべてアルファベットをちゃんとやってないのと、カタカナ使いでせっかく学んだものが全部おかしくなってしまうのですね。外国人はカタカナを覚えるのが一番難しいと聞きます。そうでしょう。
この問題をきちんと論じ、きちんと対応策を考えた人には、国が10億円とか多大な賞金を出すとか、国家的な難問題と考える必要があると思うのです。文化的にも日本人が英語がうまくなる最大の障害がカタカナとも言えるかもしれません。しかし、便利ですからね、カタカナは、みなさん使うのをやめるなどという案に賛成するとも思えません。
こういう問題こそ、理系人間(すきではない表現なのですが)がチャレンジしてやるべき問題と思います。ほっといたら、次の半世紀もなにも変わりませんよ。過去50年間、英語教育を英語教育者に任せていたからいっさいなんの改善もありませんでした。ほんとです。
海外から来た人達がいうのは日本人でまともに英語をしゃべるのはほとんど研究者や技術者とよく聞きます。外交官などとしゃべるより、はるかに意味があるし、面白いのがわれわれのような英語を日常的toolにしてる日本人らしいですよ。これを読んでる文系読者決しておこらないでくださいね。