微生物ばかりの研究生活でした

ハンミョウでしたか。ありがとうございました。さっそくインターネットで調べてみると、成虫はとてもきれいな色をしていてあまり見た記憶はないのですが、幼虫が土に開けた穴から頭をちょこっと見せてる写真を見て、これこれ、とおもわず声に出ない叫びがでました。半世紀以上も前の時間を越えて、間違いなくこの穴から見えるユーモラスな頭を何度も見たのを思い出したのです。昔のこどもは草でハンミョウ釣りをしたものだとあるし、間違いないですね。ただ不思議に思えたのは、わたくしの記憶ではこの幼虫の胴体など全体の姿を見た記憶がどうもありません。つまりうまく釣って穴の外に出せた記憶がないのです。それも、インターネットの記事で、幼虫の欲しい人は穴の出口近くまで幼虫が来たら、素早くスコップで土ごとごそっとかき取れとあるので、なるほど草で外まで釣り出すのは難しいのか、とわかりました。それで、幼児のわたくしがこれを延々とやっていたのが分かるような気がしました。つまり最後の取り出しに失敗したのが口惜しいので何度もやり直した,そんなものだったのでしょうね。もうすこし大きくなって一年生に就学してからは、オニヤンマを捕るのに挑戦して苦心惨憺した記憶があります。わたくしはそれほど器用ではないけれども、しつこいことは昔から変わらないのだと、再認識した次第です。

わたくしは大学院学生時には細胞性粘菌Dictyostelium discoideumを材料にしたと書きましたが、このアメーバの細胞膜の研究をしたものです。その前の卒業研究ではトウモロコシのクロボ菌UstilagoのRNA分解酵素の研究をしました。大学院を中退したようなかたちでスイスに留学してからは大腸菌のファージT4の構造形成を研究しました。帰国してからはその仕事を続けていましたが、教授になったのを機会に染色体をやろうと決めて、どの生物を選ぼうか迷った時期がありました。結局分裂酵母に決めましたが、ごく短期間、原生生物のクラミドモナスを培養していたのとユスリカアカムシの唾腺染色体をいろいろなもので処理して観察していた期間があります。
振り返ると、学部の最終学年で実験を始めてから今日まで微生物相手の研究生活でした。ただし遺伝子研究が大事なのだと修士入学の時から思って、それをやりたいが故に留学したのだし、当時から今日まで結局は先端的な遺伝子研究で、ファージや染色体のような複雑な構造体の機能解析にチャレンジする、そのあたりは一貫していたのかなと思います。
微生物研究に興味を持ったのは、2冊の本を読んだのが契機でした。「微生物の狩人」と「フレミングの生涯」です。特に後者の本は高校3年生の時に読んですごい感動した記憶があります。あとでペニシリンを発見したフレミングはこの本の著者アンドレ・モロアが叙述したほどすてきな人ではなかったみたいなことを知りました。でも、そういうことがあっても、決して人生におけるあこがれの甘美さを壊さないと思います。

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