今日は休みを取ろうとしたのですが、ちょっとそうもいかないかと思いました。
というのは、やはりいちどこの捏造問題限られた情報の中で問題を整理して起きたいのです。
災いが転じて福もある、ということで阪大の研究科のほうの様子がすこし分かりました。真摯にこの問題に対処しようとしておられるようです。ほっとしました。ただこの問題は底なし沼のような複雑な面もありますので、対処策を立てるのには相当な時間がかかると思われます。個人の意見を発するかどうかの判断は一人ですればいいので簡単ですが、研究科や大学ともなるとこういう前例のない出来事は、途中の審議が大変で時間が非常にかかるものです。
さて、この医学部生の実名は新聞は出さないのでわたくしもそれにならって出しません。しかし、このひとZ氏とよびますが、出版検索アマゾンによると、医学部生としては珍しいことに、学部のうちから数冊の啓蒙書を出版しています。PHP研究所から出てるのが多いようですが、
「阪大医学生が書いたやさしい「がん」の教科書—みんなに伝えたい正しい知識、大切なこと」
「やさしい「がん」の教科書 PHP文庫」などです。
「医学生が学んだ生命の不思議 遺伝子の宿題」
さすがに監修とか共同編集のようなかたちで、現役(出版当時も含む)の阪大医学部の教授の方が連名となっております。ちなみに松澤 佑次教授(当時)は代謝病の権威で世界的にもよく知られており、下村教授と多数連名で論文を発表しております。
そういうわけで、Z氏は学生として、ジャーナリスティックな天分も発揮したタレント性を有しているのでしょうね。
次ぎにPub Med検索により、本人の名前と所属大学で論文を見ますと、問題の取り下げた論文以外に3報がこのZ氏の名前の入った論文と思われます。まだ他に2報苗字、イニシャルが同じものがありますが、確実ではありません。いずれにせよ医学部学生としての極めて忙しい学業をやりながらこのような学術的成果をあげることは驚嘆に値します。前にも書きましたが、学士にもなってない研究者として、この「未成年」状態の人がこれだけの成果をあげるのは尋常な事ではありません。
筆頭著者としては取り下げた論文以外にもう一報あります。
Cancer Sci誌、004年8月号に出た論文です。
Tumorigenesis facilitated by Pten deficiency in the skin: evidence of p53-Pten complex formation on the initiation phase.
Pdf ファイルでダウンロードして見ますと、趣旨は明解なものです。癌抑制遺伝子Ptenを皮膚でのみ欠失させるマウス株を作った、このマウス株を使って、DMBAという薬剤で処理すると非常に腫瘍が出来やすくなる。Ptenがあればp53が正常に組織で蓄積されるが、ないと蓄積の遅延が起こるというものでp53とPtenの複合体形成のデータがでています(図3)。遅延効果は薬剤添加後6時間という一点でしか見えてないので、どうかなとも思えますが、沢山確認の実験をしてればもちろんこれでいいのですが。この皮膚のみでPtenを欠失するマウスがいわゆる「うり」の仕事なのでしょう。複合体形成データは出てますが、要旨には記してありません。どの実験を担当したのか10人も著者がいるので分かりませんが、やはりもう一度Z氏の担当した実験は精査すべきなのでしょう。このPtenの皮膚のみで欠失したマウスはもちろんまだあるわけなのでしょうから、追試は容易と思えます。この論文の責任著者は近藤玄氏で、竹田教授はその前にあります。近藤氏とは今年のNature Medの論文でも共著(4番目)でした。
Z氏の業績リストだけを見れば、このように学士取得以前において既に、かくも輝かしいのです。
彼の捏造データはただ一報昨年のNature Medの時の研究でのみ起きたのかどうか、この事件の究明はまずこの一点にかかってると思われます。この世界の通例として、関係論文の責任著者はZ氏の担当データが正しいかどうか,声明なりなんらかのstatementをだす責任があると思われます。追試も必要でしょうから、ある程度の期間がかかるのは致し方ありません。しかし、この世界のルールとして、このようなことをぜひやっていただきたい。
次ぎに昨日の新聞で報道されたZ氏が600万円を個人的に竹田教授などに寄付した(記事文脈からは大学を通さずに)ということの意図と経過を明らかにする必要があると思われます。大学経理に無頓着な「美談」という可能性も皆無ではありませんが(研究費の逼迫とか本人の研究経費負担とか)、やはり個人的な寄付は学部学生と研究室主宰者のあいだに微妙な人間関係が生まれることは必至でしょう。疑いようもなく、避けるべきでした。
日本は、これまで捏造には甘いという、内外の評価がありました。
今回の経過の行く末がどうなるかは今後の日本でのこのようなケースに多大な影響を与えるのは必至と思われます。