研究室のなかにイースト部屋という部屋がありまして、そこにかなり古くて、疲れて見える遠心機が一台床に置いてあります。
もう34年は働いている、研究室最古の機械です。研究室のメンバーに聞くと現役中の現役の機械でラボで使ったことのない人間はいないだろうとのことです。
これを買った人間としては嬉しいことです。たぶん製造したトミー精工株も喜ぶでしょうね。見てもわかるとおり、かなり簡便な遠心機でなぜこんなものがいまだに愛用されているのか、不思議に思われるかたもいるでしょうね。
培養した分裂酵母の細胞を一分間に2千回転くらいで数分遠心回転させれば細胞は沈殿物として得られます。いま見えている遠心バケットは40ml位で、二枚目の写真で奥の方に見えるタイマーと回転速度調節用の箱の上に乗っているのは、いっぺんに数十本遠心できるのですね。遠心速度は中央の軸に見えるガラス管のなかの粘性の高い液体の作る渦の深さで測定するのです。わたくしの記憶では、1971年当時、10万円で購入したものです。なんどもモーターのブラシなどは替えてるでしょうが、買ったときのままに原型をとどめている実に珍しい装置です。その後、何台も遠心機は買ってますが、かなり早めに壊れてしまったのは、冷凍機が駄目になったとか、ローターを受ける軸とそのしたにあるボックスが駄目になったとか、機械が複雑になってしまって駄目になって交換せざるを得なかったのです。
このだるま型床置き遠心機は結局そういう負荷のないのが幸いして長寿を全うしてるのです。しかも現役ですからたいしたものです。バケット型なので沈殿物が遠心管の底にきれいに溜まるのが、ローター型の遠心チューブと比べて利点です。この装置にまつわる、喜劇も悲劇も聞いたことがないので淡々とした人生を送ってきた方なのでしょう。
遠心機で想い出すのは、まだわたくしが学部学生の頃に別な研究室に遊びに行ったら卓上の遠心機が置いてありました。むき出してプロペラの用に遠心管を手動で回すのです。しげしげと見ていたら、そばにいた病院からの研究生が、これは血液から血清と血餅に分けるものだよ、と教えてくれました。
なんか危なそうですね、裸で回すのはと言ったら、いやあ危ない危ない、この遠心管が飛んで、首に突き刺さって死んだ人がいるんだからと、こともなげにいいました。実話かわたくしを驚かすために言ったのかわかりませんが、でもあの手動遠心機はかなり高速でぶるぶる回るので、飛行機のプロペラの傍にいるようでかなり怖いものでした。それに、くらべこのだるま遠心機はしっかり外壁があるので安全です。振動が激しくてこのふたがが開いてしまったことは何度もあったでしょうが。この長い間けがをした人は聞いてません。
ここまで書いてきて、あの病院から来た研究生から聞いた面白い話しを思い出しました。彼が言うには、その大学病院では教授が廊下を通ったら、部屋の中にいる医員がみな磨りガラス越しにお辞儀をするのだそうです。そんな教授から見えないところでお辞儀をしてなんの意味があるのですかと聞いたら、そこでお辞儀をするくらいでなきゃ駄目なんだよ、俺はそれが出来ないので、こんなところに流されてきたのだけれども、とにやにや笑いながら言ったことです。これ本当なのかどうか知りません。しかし、わたくしがT大の学部生時代に学んだ最大のことは、威張った先生の廊下の歩き方なので、かなりリアルに感じたので、いまでも憶えてるのだとおもいます。