昨年C誌で発表された論文が著者の承諾なしに編集者によって取り下げられたという、できごとがかなりな反響を読んでいます。
わたくしもこのC誌とは関わりがあるので、筆頭編集者からこの件についての説明のメールがありましたが,事情はそう簡単にわかる訳ではありません。
きのうこの取り下げに強く反撥している第三者の方々がメールを送ってきて,それを読んでいる過程で,The Scientist誌にのった以下の記事が事情を理解するのに,わかりやすいことを教えられました。
この問題となった論文はねつ造データがある訳ではなく,データ解釈の誤り,もしくは正しい推論をしていないのではないかとの、ある研究者の指摘から調査が始まったのが経過でした。編集者は元のレビューアーのうちの一人に詳しい調査を依頼し,このかたが匿名で編集者を介して,著者といろいろ対話をしたようです。結論を出す前にもう一人のこの分野の権威が相談にのって、編集者による論文とりさげという聞いたことの無い出来事が起きた訳です。
反撥している人達は,匿名者による判断が何のデータも調査も公表されずに,取り下げということは考えられない、と激しく怒ってる訳です。論文の著者たちも、誠心誠意匿名者とは対話したのになぜこのような仕打ちを受けるのかわからないともちろん憤慨しています。またレビューアーのひとりは、何にも知らされてないし,あの論文は基本的に正しいと言ってるのですから,なかなか大変です。
ここでは研究の内容にいたってまで議論をするほどわたくしも調べた訳ではないのですが,確かに局部的なデータの解釈は弱いがほかの多くのデータが正しければ,その論文を取り下げてしまうというのは,どうも早計なような気がします。しかもそれを編集者の責任で著者の反対を押し切ってやるというのは、どうかんがえても変な気がします。
なぜなら、対立した研究の結論はつねにその分野を発展させる原動力で、このミトコンドリアDNAが宿主のDNAに取り込まれることが宿主感染と関係があるというのは実験的にさらに調べればわかることなので、この段階で取り下げるのはおかしいとも思えます。
反撥している人達は,ダブルスタンダードをもてあそんでいると,批判しているのはこの著者たちがブラジルの研究機関にいることと無関係ではないでしょう。
C誌にかぎらずすべてのジャーナルが誤った結論の論文を毎年発表しているに違いないでしょう。ただ歴然としたデータの誤りを指摘されたときにどう対応するか,決して容易ではありません。わたくしは編集者を非難する気もありません。
この件について,もう少しわたくしは考えてみたいのですが,それでも少なくともこの段階で言えることは,この論文の批判者がまずmatters arisingのようなかたちで意見を表明し,それに対して著者が答えるという段階を経た方が良かったと思われます。