沖縄;東と西

本州での経済的な強さを見れば、太平洋側が日本海側を圧倒していることは明らかです。同じようなことが、沖縄でもあります。リゾートの大半は西側にあり、東側はリゾートもほとんどなく、経済的にも弱いようです。現在の沖縄での先行研究事業は東側に実際の研究センターがありますが、数年後の大学院の建設場所は西側、リゾートとして最も有名な恩納海岸の山の手に出来ます。沖縄の地理が分かりにくいひとには、大学院の建設地は湘南海岸とか須磨の海岸で、現在の研究場所は若狭の敦賀とか新潟市あたりをイメージしてもらってもひどい誤りではないでしょう。ついでに付け加えるなら、沖縄本島の中央部の平らな良いところは米軍基地になっているのです。しかし、こういうことはある程度沖縄のことを知ってから頭に入ることで、外から来た旅行者のようなよそ者には分かりにくいことです。沖縄の道路や町並を無意識に見ているだけなら、西も東も差は無いように見えるでしょう。
昨日の整備機構の発足パーティは西側の宜野湾市にあるホテルで盛大に行われました。これだけのホテルは東側にはありません。ラボの人達も全員参加しました。理事長のあいさつを聞いて(ますます)やる気が湧いてきたという言葉を聞いて、わたくしも嬉しく思いました。「はれ」と「け」といいますが、こういう「はれ」の出来事は時折ないといけませんね。つまり精神の高揚がおこるのです。
わたくし自身はこの一年半の経験で沖縄の「東」の持つ雰囲気がかなり好きになりました。わたくしは、自分でも言うのはヘンですが、いまは学問の本流か何かをやってるかのように見えますが、人生の大半は学問の裏街道を歩んできたつもりなのです。裏側でものを考えたり、何かを実行するのが、わたくしの本分だったのです。日本の町で酒でも飲んで人生を語るのなら、日本海側の雰囲気が(それに実際の食べ物も)好きです。実際のところ、京都の晩秋や冬は日本海側の気候を強くじます。若い頃、京都の町で深夜まで飲んだりして帰路につくと、日本海側の町で飲んでたかのような錯覚をよく感じたくらいです。
沖縄は東西の距離も小さく、実際の自然環境はほとんど差は無いはずです。太陽の日の出と日の入りの時の風景の差が一番大きいくらいでしょう。しかし、歴史的、社会的、経済的な差異が、つまり人工的な差異が人々の意識の中に強固にはいりこんでいるのです。
整備機構の発足、二日間続いたパーティ、沖縄大学院にとってとても意味のあるものでした。しかし理事長がいったように、またすぐわれわれは現場に戻っていつもの仕事をする必要があります。これからの3−4年、東の時代が続くわけですが、その間になにか大切なものを生みださねばなりません。そしてそれが、将来の大学院大学に東の時代の優れた遺産として継承されていく事を期待したいものです。

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