突然変異のこと

突然変異とはあまり理解されてない言葉かもしれません。
ちゃんと理解するにはある程度の生物学の知識が必要なのですが、そこそこの理解をするのは難しくないでしょう。
遺伝子がなにか偶発的な変化をして、その変化が遺伝する生物の性質として検出されれば、それを突然変異といいます。完全に偶発的ならば、1個の細菌が増殖を繰り返して百万個とか一千万個に到達したときに探してみると1個が突然変異体であったりする程度の頻度です。DNAに傷をあたえるような放射線や化学物質を外から与えると、突然変異の頻度は百倍や千倍飛躍的に高まります。ニトロソグアニジンという化学物質は突然変異を起こしやすい誘発剤であると同時に強力な発がん物質でもあるのです。
実験室では突然変異の意味を理解するのが容易です。微生物などでは純系といって、遺伝的に祖先が定まっている株を使うので、その子孫は限りなく同じDNA配列から成り立っているのです、その均質集団の中の「異端児」を変異体、ミュータントとよんで現実感があります。オス、メスの違いはあっても、均質集団の個体間で交配を繰り返していけば、限りなく遺伝的に等質な集団になり、変異体の出現は容易に検出できます。

抗生物質に耐性な細菌は変異体として検出できます。一匹出現してもそれが100万個に一個のうちはたいしたことないのですが、抗生物質を投与された人体では耐性なものしか増えにくいので、耐性な変異体細菌ばかりが感染した人から得られることになりがちです。ヒトには本来感染しない動物のウイルスの稀な変異体が、偶発的にヒトに感染性を有するようになったりするわけです。稀なものが何かを契機にどんどん増えていくのです。ですから、最初は稀な存在でも、何かを原因に集団の中で主流になる可能性があります。

突然変異の考えを実験室の外で「本当に」生きている生物に当てはめようとすると、意外に分かりにくいのです。
まず種の個体を作る集団なかでの「変化、変異」は突然変異ではなくではなく種内の相違、つまりバリエーションです。人間の肌の色の違いのどれが正常でどれが突然変異であるなどと、考えるのでなく、これは種内での「差」です。同様にアルコール感受性も突然変異ではありません。実験室的にいうと、人間はひとりひとりが「野生型」なのですね。
それじゃどのようなケースが生まれつきの突然変異的かというと、例えば両親にそのような遺伝的素因がまったくないのに子供が生まれつきのはっきりした病気もしくは正常でない性質を持って生まれて来てなおかつ、それは子孫に伝わる遺伝性のものであれば、突然変異が卵、精子、胚のどこかの段階で起きていたと推測することになります。しかし、なかなか突然変異だと断定するのは容易ではないかもしれません。原因となる遺伝子が特定出来て、その子供の遺伝子DNA配列が、父母のどちらとも一致しない新たなものであれば、突然変異といえるでしょう。
生まれつきでない、後天的なDNA上の突然変異はわれわれの体の細胞の中で起こります。何十兆個とも天文学的な細胞があるのですから、DNAに傷が付くのは日常茶飯事の出来事です。多くは大事に至りませんが、一部が細胞の望まれない異常増殖、腫瘍、がん化に至ります。ですから、後天的な「体細胞」突然変異は、だれにでも起こるし、今でも体の中で起きていると考えていいでしょう。

最近新聞に出ていた、個性に基づいた医療というのは、種内の変異、個体差が相当大きく、一律に同じ医療では対応できない、という発想から生まれてきたものです。これも突然変異を対象にしたものではなく、たとえば日本人のなかでお酒を飲めたり、飲めなかったりするひと達がいるように、ある習慣が続くと成人病になりやすいひとと、ならない人達のグループがいるのは当然、想像できます。そういうものに対応したきめ細かい対応を目指してるのです。考えはいいのですが、まだ強力な医療上の武器になると確立したわけではありません。

それでは、大抵のひとにとって、生まれつきの突然変異は無縁でしょうか。そんなことは無いと思います。ただ、それが見つかることが稀なだけです。わたくしたちの持つDNAの暗号配列は長大ですので、両親のどちらの配列とも異なる部位がかならずあるでしょう。その部位がどのような影響を自分の人生に与えたのか、もしくは次世代以降に与えうるのか、考えてみるのも意義があるとおもいます。また、逆に言えば突然変異の大半は「沈黙」してるので、自分の体内の沈黙してる部分に関心を向けるのも意義があると思います。

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