きのうロッテルダムから来たMBさん(大学院の最終年度の人)としゃべっていたら、日本人は組織好きというか社会に属して安心感を得る人がおおいのですね、といいました。欧米でもっとも流布した日本人観ですが、わたくしがあんまりあっさりそんなことないですよ、と否定したので怪訝な顔をしてました。日本人のかなり多くは自然と一体化して、自然のなかにとけ込むような人生を送ろうとする人たちが実際には相当多いのですよ,と言ったら、素直な人らしく,それは素晴らしいとつぶやいていました。しかし,どれだけ信じていただいたかは分かりません。
話し変わりますが,日本人の謙遜がとてもいやだと言う、ことを日本に何度も来たことのある外国人から聞いたことがあります。つまらないものですが,とか粗食で申し訳ありません,とかのたぐいはまだしも,立派な研究業績のある人がくだらない研究でとへりくだられると,ほんとにいやな感じがするというのです。わたくしはそんな日本人の研究者は最近いるのだろうか、居るとしたら,どういう人なのだろうと思ってしまったのです。謙遜して嫌がられたら、たまらないですね。
想像するに,本気で謙遜してるとおもわれてないのだと思います。ほんとは非常に顕示したいのだろう、と逆に思われてしまうのでしょうか。ですから黙ってニコニコしてるか,褒められたら,嬉しそうにありがとうと言えばいいのでしょう。それじゃ,ほんとに謙遜というのはどういうのが受けるかというと,褒められたら,あれがわたくしができる最善、最高のことなのです、と言えばそれは嫌がられないとおもいます。
ほめられたり,感謝されなければ,謙遜もできないはずなので,相手が何も言わないのに,美辞麗句のように謙遜語を連発すると,いまや日本人同士でもそれは相当にいやがられるのでしょうね。
ところで人を褒めるのに,相手をおちょくるというような意地悪な褒め方がありますね。あれは謙遜文化から生まれたものかもしれません。外国ではついぞ経験したことありません。