多重遺伝的因子による遺伝病

このあいだのヨーロッパ旅行の時に、Aさんがだいたい人間とは60才以上生きるようにはデザインされていない、というドキリとする発言をしていました。彼女は若いから60才にラインを引いたけれども、確かにどこかにラインを引いてそのような発言をすることが誰でもできるでしょう。
彼女のそのような発言は、わたくしがだいたい年をとってなってくる体のいろんな故障、深刻でない程度の体の不調の多くは、広い意味で遺伝病と言っていいのではないかと言ったことへの反応だったのです。わたくしの父母も含めた先祖の持っていた、多重な遺伝子の組成が60才半ば近くになるといろいろな不都合な原因を作っているのではないかという議論でした。
いま日本では、年をとってからなる病気の大半は、生活習慣病といわれます。しかし、同じ生活習慣をしてもまったくそうならない人も沢山おります。生活習慣だけが原因ではないでしょう。
残りの原因を体質の違いと片づけますが、たぶんこれは「遺伝病」といっても過言でない面があるでしょう。深刻でない体の不調、つまり血圧が高いとか、心臓の調子がよくないとか、膝や腰や背中が痛いとか、耳や目の調子が悪いとか、歯の具合が悪いとかです。
ただ、これらがたしかに遺伝だと言うことを証明するのはいまの段階では難しいのです。体調の個人差を決めていくような「DNAレベルでの変異」がもしも将来整然とリストアップされれば、多因子遺伝病として理解されるでしょう。
若いときにはすこしぐらいの不都合や不調をはねのける健康の強さがありますが、わたくしくらいの年齢になれば、長年、体を使ってきてますから、摩耗というか老朽化というかそういう部分がいろいろ出てきてなんら驚くことありません。
ただ学問的にはこのような多重遺伝的因子による病気が加齢というか老齢で出てくるというのは、かなりまだ未開拓な分野です。だから、推量的なことをいっても誰かに叱られるほどのことはありません。
わたくしは子供の頃から気管支が強くなく、これは父親譲りだと思われます。子供もひとり、気管支が弱いのがいそうです。父親は晩年かなり気管の弱さがはっきり出たようで、たぶんわたくしもまもなく出てくるような気がします。

単一の遺伝子がこのような原因を作っているのだとしたら、そのようなものは将来はその具体的な遺伝子は判明するかもしれません。多重因子だったら、非常に難しいでしょう。酵母のような簡単な生き物でも多重遺伝的因子による研究の解析はとても難しいのです。
しかし、単数か複数の原因遺伝子がたとえわかっても最初に述べたように、人間は60才以上に生きるようにデザインされてないという思考に立つのなら、もういいじゃないですかとも言えます。わたくしの気管支は耐用期間を充分以上に経過しているのだから、立派とも言えます。
しかし、これが人間のデザインが本来80年が平均的使用期限という観点に立てば、これからもしばらくは、だましだまし使っていかねばなりません。

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