午前中の涼しいうちに二カ所を深く耕して、ニンニクとエシャロットの場所をつくりました。他の畑をみるとこういうものはびっしりと密生して育成しているようなので、その真似をしてみようとおもいます。妻はブドウの袋かけをしてましたが、難しいとのこと。半分は袋かけしないで、収穫の違いをみるのも大切でしょう。ただ、ほんとにブドウが出来るのかまだ半信半疑です。
他のトマトなどの収穫のほうはありすぎて、このままでは、娘の家族が来る頃にはみな力尽きてなにも作ってないかもしれません。
さて辛口のを書こうとおもっても習い性となってなかなか、難しい。いつのまにやら違う方向に行ってしまいます。
伸びる若者は、研究者の世界では、結局パフォーマンスの出来る人たちだなと、最近よくおもいます。ただ大きく伸びるかどうかは知りませんが。
それに表面はどうあれ、心底では謙虚なひとたちがやはり伸びるのでしょう。データについて、厳しいつっこみが入ったときの受け答えを聞けば、そのひとの心底での謙虚さはすぐわかりますから。
さらに、世代の違いを越えて、話しのできるつまり、きちんとコミュニケーションの出来る人達ですか。
しかし、うまく話しができて、その結果、やはりこいつは駄目だということもあるでしょう。でもそれでいいはずです。研究者は八方美人である必要はまったくありません。
若者は生きている時代が年寄りよりずっと短いのですから、経験談などすれば年寄りの話を聞かざるを得ないのですが、なんといっても未来という大変な財産があるのですから、この財産をいかに世代を超えてうまく売り込むかでしょうね。
年寄りを羨ましいと思わせるのが、若者の一番の特権なのですがね。
それじゃ、伸びない若者はどういう人かというと、馬鹿らしいいいかたですが、パフォーマンスがまったく出来ない人ですね。相手がたった一人の聞き役でも面白いお話し一つする能力もなければ、どうやって研究費どころか、奨学金の面接をのりこえられるのでしょうか。いまは大学院入試はどこも人でがほしいので、楽に入れるようですが、そのあとは、結局本人にとって大切なことはたいてい面接できまっていくのですね。書類だけというのはありえないでしょう。目の前の相手の人間に対するパフォーマンスがほんとに大切なのです。
思い上がった若者は結局悪いおとなになっていくのですね。
いくら仲間にうけても肝心な人達に受けないと。
世代ののかなり違う人達を納得させるのは、それなりに大変です。
結局面接などは、ごく短時間なので、あいてに対するなんらかの分かりやすいパフォーマンスが必要なのです。でも自分にないものを見せようと思っても難しい。結局自分の持ってるベストを示しつつ、なにか強いメッセージを発する、これがわたくしがいうパフォーマンスです。
これで、生活費から研究費から職までなにもかも決まっていくのです。これからの若い人達は。
伸びない若者はこういう冷厳な事実を重視しなようです。
重視するだけでは駄目で、練習しなければいけません。世代の違う人達とのつきあいを練習しなければいけません。
わたくしの知る若者、かなり多くの若者たちはここのところの感覚が飲み込めないようです。
結局、相手が何をかんがえているのかわかることが、研究の世界でも伸びるための一つの条件でしょう。これをいうとわたくしのラボの大半の若者はキョトンとしています。
相手が何を考えているのかまったく気にしないですくすく伸びる若者は才能の非常にある若者です。こういう若者は滅多にいないので、あまり一般論にいれて考える必要が無いと思っています。
日本の若者で、これはすごい、と思わせた人は例えばこの一年間だと皆無です。
日本の若者で、目つき、物腰だけ見て、用心せねばいけないとおもわせた若者が、この一年間皆無です。一年どころか何年も皆無です。(もちろん研究上の話しです。町中ではわたくし若者に対してかなり気を付けています。怖いですから。)
これで日本の研究世界の将来を憂えずして、なにを憂うのでしょう。
塚原卜伝になるのは難しいようです。