DNA複製の分野での出来事

北海道は広いのですが、千歳空港は狭いらしくて、帰りに到着した時、驚くほどの混雑です。お土産売り場は混んで混んで、レジでイライラするくらい待たされました。何を買っていいのか分からないのですが、定番のチョコレートにしました。試食したら、おいしい。途中で1時間ほど時間のあった小樽では、同行のMさんはしっかり蟹を買っていましたが、わたくしは見るだけにしました。昼食も蟹をやめて天丼にしました。北海の漁師が蟹漁中にロシア兵に銃でうたれて命を失ったと思うと、どうももう一つ食欲が湧きません。運河付近は若い観光客が沢山いました。わたくしも観光客になって古い建物の写真を何枚か撮りました。駆け足ですが、久しぶりの北海道でした。勉強ができて有意義な3日間でした。それに若くて元気が良くて業績も立派な人達に会えたのも収穫でした。

今日は日曜なのに、こういう風に働くとかならず後で疲れがひどくでます。年なのでしょう。週のどこかで1日休みたいと強く思います。ところで、忙しい中をぬって一つ、論文が投稿段階まできました。正直、嬉しいです。
キロロホテルで夜遅く、経済のTさんと奥様にばったり。なぜ?なぜ?と両方からほぼ同じ質問が出ました。彼は、近くの大学での講演とか。そしたら、帰りの空港売店前でまたまたばったり、会いました。不思議です。Tさんのセンチメンタルジャーニーとか。勉強ばかりしてると思っていたら、こういうところにも居るのでした。

Kさんの自死について、何人もの人がメールを寄せてきます。学内の人も居られます。きびしい箝口令とか。そうでしょう。前回の時もそうでしたし。前の時は、すべてがすんだと思われた時期に、複数の関係者がわたくしに箝口令のためにまったく何も言えなかったと、いってました。いったい、だれがどういう目的でそんな箝口令をしくのでしょうか。やはり組織防衛は崇高の目的なのでしょうね。その筋の人達にとっては。
今回は、独立に何方向からの違う人達、内部の人達からの情報もあるので、すこし様子がすこしわかるのです。昔、何とかのカーテンというのがありました。そんな感じでしょうか。
問題となった論文という個別の研究問題に対応するよりも、組織の体面保持などが圧倒的に大きな関心事なのでしょう。松本清張が活躍していた頃の、日本の大組織はどこもそうでしたでしょうが、今の大学はまだその時期の感覚が残ってるのでしょうか。そんな必要はもうないと思うのですが、しかし、しかたないと大半の人達はおもうようです。たぶん、プライバシーとか、個人情報とかそういう一見新しい考えで、カーテンがしかれているのかもしれません。

Kさんが亡くなったことは同じ分野の研究者にまったく伝えられなかったのでした。今回の自死の件も秘密にされてましたが、偶然のことから、ある新聞記者さんが断片的な事実を知って、調べたことにより報道されたとのことです。また論文にかんして彼が告発して、論文が取り下げられたのは事実ですが、どのデータでどういう事があったのか、わかりません。これから、大学は公表するとは思われますが。

しかし、Kさんの自死以降に現れた、表面の出来事だけでは、事の真相はまったくわかりません。このままで、ことが終わるでしょうか。そんなことはない、と思ってはいます。これに関わった大学人たちが何を言って、何をやったのか、そうして何を決めたのかだんだん分かるでしょう。Kさんと学問的に近かった研究者たちは、みずから調査、真相追求に立ち上がる可能性はあると、わたくしは期待しています。

わが国のDNA複製分野は特に研究者の団結が強いことでよく知られています。光輝ある伝統を持つ、わが国のDNA複製分野の名誉にかけて、ことの真相を関係研究者は力を合わせて究明するべきです。もちろん研究面での事です。この面で、大学まかせはいけないと思います。関係者のそれぞれの言い分が出てくればいいのですが。

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