事後評価のあと

地下鉄神保町駅から徒歩数分のところにある建物で事後評価の審査がありました。たぶん、むかしは一橋会館、如水会館というものがあった土地だと思います。だから、正確には、神保町でなく、一橋なのでしょう。
神保町は懐かしいところです。読書に目覚めた少年であるわたくしは、同じお金でも場合によっては3冊も4冊も買えることを知り、この街の古本屋にせっせと通ったものです。池袋から都電に乗ったものです。たぶん数寄屋橋行きではなかったか、何番の番号がついていたのか、残念ながら憶えていません。2番だったかな。
へそ曲がりのわたくしは、普通の少年がよむ漱石や鴎外、下村湖人とかすぐやめて、二葉亭四迷などを読み始めて、そのうち泉鏡花などという分かってるのか分かってないのか、そんなものを背伸びして読み出して、徳田秋声とか永井荷風とか分かったはずは絶対にない書物などを買ってみたものでした。親は陰で顔をしかめていたかもしれません。中学2年生ですから。
でも当たった古本、つまり安くて面白いものもいろいろ偶然見つけたものです。立川文庫の焼き直しとか、チャンバラものとか、そういうのは非常に好きでした。吉川英治を代表とする大衆的な小説もです。真田十勇士は耽溺したものでした。猿飛佐助よりも、陰があってもてそうな霧隠れ才蔵とか、でも佐々木小次郎は嫌だったので、軟派でなく硬派だったのはまちがいありません。
そのうち海外古典文学に目覚めて、堂々たる反抗期に入ったものです。わたくしは、そんな大人向けのものをいろいろ読んでも、実際にはかなりの奥手だったと思います。反抗期もいまなどよりはずっと遅く始まったものでした。他人のことが分からないので、いろいろぶつかったものです。ただいろいろぶつかったので、比較的はやくそのあたりは卒業して、ヘンに老成した大学生になったような気がします。

事後審査のあと、かえりながら、寂しい感じにとらわれました。
なぜ寂しいのか、理由がはっきりは分かりません。フランス語で言うアンニュイ、退屈というか倦怠的なものが寂しさと結びついたのかもしれません。
もう自分にとって、こういう役目はすべて終わったのだな、という無意識的な感覚と結びついているのかもしれません。若い頃に、エネルギーがすごくあっても、何をしていいのか分からなかった頃に持った、アンニュイの感とどこかは根本的に違うはずなのですが。
帰りの新幹線、新聞休刊日なので、読むものもありませんでしたが、座席に座って、仕事もせずに、ぼんやりするだけで時がたちました。

タイトルとURLをコピーしました