JRのアナウンス、比良の一日、あしたは沖縄、内田久雄先生の死去

昨日は夜遅く、自宅には11時を過ぎてから着きました。
関空には8時50分ランディングですが、特急はるかに乗れるのは9時16分発になります。それで京都に着いて湖西線が連絡良くても10時50分発ですから、自宅にはどうしても11時を過ぎます。
事故でJRはどれも軒並み1時間くらい遅れていたようですが、湖西線は5分程度の遅れですんでいました。
あいもかわらず駅のアナウンス、車内のアナウンスはどこそこ神戸付近の駅で人身事故がありました、それで1時間電車が遅れています、という類の垂れ流しをずっと続けていました。そういわれると、誰も何も言えない、しくみになっています。JRには知恵者がいてこういえば乗客も文句をいわずおとなしくなるのを知ってやってるのに違いありません。人身事故があったのは確かとして、その対応がひどかったから一時間遅れてるとはもちろん言いませんから。こういう類のアナウンスは本当に困ったものです。またなにかの内部告発でもないとこのアナウンスは続くでしょう。

きょうは比良のほうに来て畑の点検、収穫、草取り、最後にタマネギのあとを整地して石灰、肥料もいれてニンジンの種を播いて一日の作業が終わりました。
ちょっと早いのですが、カボチャがそこそこ大きくなったので、さっそく食べました。種まで食べられておいしいものです。作物はどれも順調に大きくなっています。トマト、ナス、キュウリの定番に今年はズッキーニが増えました。
雑草取りや整地などをやってるうちに、今回の飛行機の座先がからだにあわなくて肩が痛くなっていたのが、だいぶ軽減しました。

もう一日こういう生活ができたら、完全にリフレッシュできるのですが、残念ながらあしたは5時起きで、沖縄にいって、機構のなんというのでしょうかBOGとよんでいるのですが、この機構のお目付役のかたたちがおいでになるとかで、つきあいの会合があるのでいかねばなりません。どういう会合になるのかはわかりません。出かける前から、何かを考えてもしかたのない典型的なケースです。
いいたいことは沢山ありますが、沈黙が金というのが、内閣府のおしえなのでしょうか。

内田久雄先生がお亡くなりになりました。
葬儀はメルボルンでの最終日で、遠くから冥福をお祈りしました。
長いことお会いしませんでしたが、内田先生には大変お世話になりました。
研究室というか研究グループをどう運営したらいいのか分からない未熟なわたくしにたいしても忍耐強くいろいろ教えていただきました。当時の研究費はいまから見たらわずかな金額に見えますが、実際にはそれで研究ができるかどうかの瀬戸際での救いになるようなものでした。内田先生の班研究にいれてもらえて、研究費が続けてもらえる恩恵にあずかったことが、わたくしが自らの研究プロジェクトを進める機会でもあったのでした。当時はわたくしはまだ単著(つまり著者がひとりの)論文をかいてるころでした。もうはるかぼうぼうの時代の頃です。

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