数ヶ月まえに、しばらく休業しますという張り紙をした喫茶Gはその後も閉まったままです。今日前を通ったら、入口に銀杏の葉が落ちていました。寂しいことです。Aのおばさんは亡くなってしまって、いまは変哲もないラーメン店です。Gはどうなるのか、再開するのか、気になります。ちょっと休憩がてら、出かける界隈の喫茶店がもうほとんど無くなってきました。つらいことです。
このあいだ比良の家のほうで、仕事に疲れて、書棚の中をいじっていたら、むかしRがヨーロッパに行って、ウイーンに寄ったときに買ってきた何枚かの絵はがきが出てきて、どれもウイーンの喫茶店のものでした。それらをじっと見ているうちに、京大の先生方はどこでお茶をのんでるのだろう、とう疑念が湧いてきました。そういえば、Aではよく数理解析の先生がはた迷惑なくらい大声で議論していましたが、あの先生達もいまはどこでやってるのでしょうか。結局昼にいっているZくらいしかいまはないのかもしれません。
わたくしがまだ小学校の高学年の頃は、両親の実家に夏休みは行ってました。その頃の記憶ですが、「みっちゃんは大きくなったらなにになりたいの?」と親族の一人に聞かれて、当時隅から隅まで読んでいた新聞でもあり、「新聞記者になりたい」と返事したら、真顔で「やめなさい」、といわれました。「ああいう人達は、人からお金をもらって嘘でもなんでも記事を書くのだから、駄目だよ」、とのことでした。子供心に変だな、と思ったので、強い記憶があります。他のことではおかしな事を決して言わない人なので、そういうこともあるのか、と思ったものです。今回、小沢氏がマスコミを激しく非難したのを、聞いてるときにそんなことを突然おもいだしました。
テレビのコメンテーターなんかで、どんなつもりで意見をいってるのかな、と感じることは多々あります。大阪府知事が業者の集まりに出かけて、一回の謝礼が50万円以上とかいう記事も見ました。ふーん、とちょっと驚きましたが、でも知事さんもお金は色々いるのでしょう。テレビのコメンテーターの謝礼なんてげすのかんぐりですがどれくらいもらうのでしょうね。
それに絡んで思うのは、わたくしこのブログ毎日かいているので、大新聞のコラム担当の記者の業務もすこし想像出来るようになりました。たいした仕事でなくても、高給を取る人達は沢山いるのでしょうね。そのうえでこの世でいちばん自分がえらいかのようなコメントをするマスコミ関係者は最近非常に多いような気がするのでしょが、それはわたくしの偏見でしょうか。
小沢氏、恥ずかしながらもう一度頑張りたい、と謝罪したとか。民主党にとってはやはりとりあえず、良かったし、小沢氏がこれでほんとにすみませんでしたと、低姿勢になるのなら、誰かもいってたように、雨降って地固まるのかもしれません。とりあえず日本のためにもそう思いたいものです。