だいぶ昔のはなしですが、もう亡くなられたZ先生と親しくお話しさせていただいたときに、当時先生の助教授であったX先生のことを、論文を一つも書かないので困ったもんだとずっといってました。論文を10くらいは書ける材料をもっているのに、一つも書こうとしない、というものでした。
このことが記憶に残っているのは、Z先生がお亡くなりになった頃から、X先生が論文を書き出したらしくて、たしかにたくさん発表がありました。当時、40代半ばにはなっていらのでしょうから20代からの研究をそれだけの時間をかけて発表したというのは、結果論ですが、先を越されていないのなら、大きな損失はなかったのかもしれません。X先生も最近定年退職されたし、教授になってからは特に論文がないとも聞かないので、やはり論文書きについては、格別に奥手だったのでしょうか。
奥手というのは、辞書によると成熟がおそいというか、成熟は結局はするのだけれども、それが遅い、こういうことにるのでしょう。どうも日本人は世界レベルで見ると、論文発表にかぎらず奥手の人たちが多いのだとわたくしは思っています。
自分で言うのもなんですが、わたくしは研究者としてはかなりませていまして、修士の頃から論文はとりあえず自分で書くものと思っていましたし、20代前半から、周囲や学会でお会いする、教授というか年配の研究者のひとたちと議論するのが一番の楽しみでした。無謀なところもあったかもしれません。しかし、論文を公表しなければ意味がない、といつも思っていました。
そういう人間が、奥手の人をあまりあげつらうのもなんですが、ともあれ論文をかいて公表にこぎつけるまでが研究を一つのすごろくにすれば、そのあがりになるのですが、そのあがりを自前の努力で到達するのに、奥手のひとたちが日本では非常におおいのではないかな、とおもうのです。
40代半ばでも経験がないという、前述のエピソードはどうも例外ではないのです。
どうして、こうも奥手なのか、正直わたくしもこの年になってもこの奥手のひとたちをどうすれば早く成熟させるのかがわかりません。
率直にいって損失は相当なものだとおもいます。
本人の損失はいうまでもなく、マクロにみても日本の研究というくくりでも損でしょう。
このあいだ、大学院をでて金融にいったA君は論文を書いて始めて研究の面白さが分かったようでした。こういうのが奥手を脱する最善のケースなのですが、しかしA君のようなケースはこれまでの経験では珍しく、一般に論文書きは嫌われるものです。
日本人研究者の成熟が遅いのは、日本の社会に問題があると、わたくしは思っています。
どういう問題があるかといいますと、知的人間はこうあるべきだと、いう基本が社会にないのだとおもいます。孤独な知的作業を当たり前のものとして、なおかつひとりになっても、周囲の意見もよく聞き理解しつつ、なおかつ自己の固有というか特異な意見をあえて提出する、これが知的人間の最低限の存在意義だということが、わかってないというか、社会的に合意されてないのですね。