それ体の理屈でしょう

体というのは,頭もその一部分ですが,人間の感覚や意志決定をしているのでしょう。
わたくし50才代の頃、バス停の近くを歩いていて、バスが来ても走ったことがありませんでした。走ったりするのはみっともない、はしたない、とこう思っていました。もっとゆうゆうと人生をおくりましょう、こう思っていました。
いまもそう人生はおもいますが、でもバスがきたらすぐ小走りにはしります。間に合いそうなら、小走りどころかかなりのスピードで走ります。はしたないともみっともないとも思いません。間に合うし、小走りまったく苦になりません。自然にからだが動いてしまいます。あの当時よりいまは5キロはからだが軽くなったからに相違ありません。ですから、余裕などと、いっていましたが実は単にからだが重くて走る気にならなかったのでしょう。ですから、意志決定も自分のからだがまずある程度きめているのでしょうか。
20代のころ、まだタバコをスパスパ吸っていて、止める気は毛頭無かった頃、嫌煙とかけむり臭いとか体に悪い等と言われても、なにひとつ頭が受けつけませんでした。いちどアメリカで泊まった家の奥様にあんたはいい男だがでもタバコを除いたら、と言われて案外こたえたのですが、でも止めようと思うまでは、思いませんでした。完全にタバコすい人間の論理でした。
前に米国人の本で黒人に変装して一日くらしてまったく別の社会がみえたとか、ありました。
女装とか男装とか、あれどうなのでしょう。やってみたくなるのは違う世界が見えるからでしょうか。
男も一度女装して町を歩いたら人生観変わるのでしょうか。

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