台風一過とは言えない、津波のこと、津波研究所

台風一過とはいえなくて、雨は激しく降るし、じとっとした湿気の高い空気です。
朝は、まだ雨が降ってなかったので徒歩でラボまでゆっくりゆっくり歩きました。50分をちょっと越えるくらいでした。最後の坂はそれなりにこたえます。
来客などもあり、忙しい一日でした。
だんだん沖縄にしかラボが無いということも実感になり、ここで集中していればいいという感じが増えてきました。寂しいようなありがたいような。
それにともない色んな人たちもやってくるし、また色んな仕事も増えてきました。

沖縄からは大震災の現地は遠いのですが、でも常に考えてます。
被災された人たちが実感をともなっての発言はそれぞれ実に印象深いものです。
夫を失った妻の泣き声と夫への語りかけが痛切でした。
たぶんくやんでも悔やみきれないことがあるのでしょう。
津波はその気があればみんな逃げられたはずでした。
それなのに、です。人一人の死者にはそれぞれの理由があったに違いありません。
2万人以上が津波で死んだのなら、死なないですんだはずのそれがそうならなかった理由が一つずつあるに違いありません。近親者はその思いをずっと胸にこれからもずっと生き続けなければなりません。
津波の学問は日本ではいままで主流では無かったのでしょう。発生から、被害、歴史といろいろなアスペクトがあって、1000年前の津波を論じる必要があるみたいです。一方で津波警報はこれまで無数にあってほとんどが被害はまったくなかったのでした。これから津波警報はどのように出されその意義は、と問いかけることが大切でしょう。そして国立の津波研究所を作って徹底的に研究してもらいたいと思うのです。

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