昨日は講演のあとで、かつてポスドクでいまはデリーの近くの大学で助教授をしているRMさんとつきあいました。かれのいとこ夫妻の家にいってそのあと彼等が経営するジムをみて、庶民の生活の見聞をふかめたらどうか、と言うことです。実際にいってみて、非常によかったです。庶民といってもいとこのご主人は元理系ビジネスマンで米国でMBAをとって、さらに自立して起業をしたというのですから、相当な高いほうのかたたちです。ジムも見ましたがたいへん立派なものです。でも住んでいるアパートの広さは日本でいう1LDKですから、子供がいないとしても、60人を雇用して、5カ所のジムを持ち、2000人の生徒さんがいるには、住居がせまいことはまちがいありません。でもかつての東京みたいなものでしょうか。
RMさんはデリー近辺の大学町で、広大な③ベッドルーム(各トイレ風呂つき)の家に住み、ヘルパーさんを3人雇用して、掃除も洗濯も食事も全部作ってもらうという生活とは大違いでしょう。その点、日本もかなり似ていて、東京で1億で買える家は地方なら2500万あればお釣りが出るのですから。RMさんに聞くとムンバイはいとこさんのアパートで1千万円近くかかるそうです。タクシー運転手の月給が1万円ないのですから、巨額なわけです。
しかし、この新開地あたりのムンバイの庶民は屈託なくにこにこしてショッピング、ダイニングを楽しんでます。
そういえばポスター会場で、中年のインド人研究者とちょっと話し込んでしまいました。彼はわたくしたちにとって、かなりの長期にわたって仇敵であったある米国グループで長いことポスドクをしていたかたでした。
ここにこれ以上書くのは控えますが。恩讐の彼方の時はたちましたが、当時のことを向こう側でよく知っているひとと話すのは、かなり記憶が鮮明に戻ります。いまの彼がおもしろい研究をしているのがとても救いです。わたくしには。しかし、インド人は多くの場合、日本人の研究者の主たる競合者のラボで向こう側の重要兵力であったことが多いのですね。
そのあたり、不思議さを感じます。
