神秘家水木しげる伝、健康の概念

きのう外出のおりに生協書籍でCDを三枚買ったときに、書籍のほうもぶらぶら眺めていたら、神秘家水木しげる伝が目にとまりました。自伝的漫画です。ラボに戻ってついつい読んでしまいました。10回くらい笑えました。それに面白い。やはり突拍子もないひとだし、歴史に残ることはまちがいないし、また境港という町があるかぎりこの人が思いだされるようになったのもすごい。この本のなかでの、ラバウル島体験がいちばん、泣き笑い的でおもしろい。

健康ぐらい、今の時代分からなくなっているものはないとおもいます。
かたやメタボ診断で男性の腹囲が85センチあると不健康と言うことになるらしいですね。そうすると、成人男性の40%くらいがひっかかる(うろおぼえですが)とか、これはおかしいし、ヘンだと感じられるのですが、厚生省はこの85センチに相当な自信があるらしいのです。
いっぽうで、普通に健康に過ごしていたとおもっていたら、なんか最近風邪気味なので病院にいったら、がんの末期で余命は2か月しかない、と言われてしまう人も決して少なくありません。よくよく調べてみると、原因はC型肝炎やアスベスト禍によるもので、長年にわたって健康が蝕まれていたけれどもそれがわからなかった、これも決して珍しいケースではありません。
病気と宣告もされていないのに、クスリを飲む人はすくないでしょうが、サプリメントや健康茶とかなんらかの効能をもっていると宣伝されているものを毎日せっせと飲んでいる人は沢山います。たぶん膨大な数になるのでしょう。健康でないから飲むのでなく、健康を確認するためにお金を払っているのだとおもいます。サプリメントを熱心に飲んでいる人に聞けば大半は健康です、でも足が痛いとか、目がかすむとか、もうすこし元気でいられたらな、などと言うはずです。

2千万人弱といわれる糖尿病予備軍の方たちはどうでしょう。
自覚症状もなく、合併症もない人たちに、健康ですかと聞くとどうこたえるでしょう。
健康に感じるのですが、でも本当は健康じゃないんでしょうね、こんな答えが平均的でしょうか。
つまり健康とは、客観的にも主観的にも多くのひとたちにとっては、判断がしかねる時代に入ったのですね。たぶんこれが医学の進歩の現状での「正体」でしょう。
だいたい年をとるというのも一種の病気みたいなものなのですが、寅さんじゃないですが、それを言っちゃおしまいよ、です。

タイトルとURLをコピーしました