週末農業人生のピーク、さよなら学術会議

猫はすこしずつ元気になって昨日の夜あたり声を出していました。
妻が比良のほうにいってきて収穫をたくさんとってきました。もちろん二人では食べられませんから、関係の喜んでくれる人たちにおくります。こう書くとなんで自分のところには来ないのかとブログを読んで電話してきたりするのもありますから、へたにここで詳細は書けません。ただまあ今年の収穫量は異常です。わたくしの週末農業人生のピークでしょう。昨年のトマトは熟さないうちに駄目になったのに、今年は順調に完熟です。
娘がいうには、かつて柿の木にあかいネット袋をかけているのは見たことがないと。もちろんわたくしも見たことがありません。なぜ栗のほうはちょっとしかやってないのか。週末だけのかなしさ、いろんなものが中途半端に終わっているのです。

わたくしの学術会議会員の任期は三年ですが、もうすぐそれが終わります。わたくし自身の学術会議会員の任務に対する始めの頃の期待は、まったくの期待はずれでした。これは自分の能力というかその点を申しているのです。なにもまったく出来なかったことに対する自責の念は相当にあります。わたくしはこれまでいろいろな組織の任務に当たってそれなりの実行力を発揮してきた経験があるのですが、この学術会議だけはまったく駄目でした。みずから見事な失敗ともうだいぶ前から結論づけています。それでもうすぐ、辞任できることに相当な解放感を感じています。正直かなり嬉しいです。待ち遠しいです。
このような感情は前に味わった記憶がありました。
なにかと思うと、京大の生命科学の研究科長をしていて、二年の任期でしたが、任期終了数ヶ月前から同じような気分でした。わたくしは研究科長としては研究科内では、まあまあ普通にやったと思うのですが、京大全学の問題を論じる、月に二回おこなわれていた部局長会議のメンバーとしては完全に無力無能であるという感をいやがおうもなく何度も味わいました。
自分には向かない、という感が日増しに増えて登校拒否ではないですが、それに近い感情を持ったものでした。
要するにわたくしの困った気性が出てしまうようなのですね。部局長会議での議論のあとの後味の悪さをおもいだすと今でもゾッとすることがあります。その頃に京大施設部を生涯恨みたくなるようなこともありました(最近類似のことが施設部にはまたありましたが、しかしもう慣れてほとんど何も感じなくなりました)。
部局長を辞めたあとの晴れ晴れ感は忘れられません。
そういうわけで、学術会議と京大の部局長会議これらふたつの場所でのわたくしは、無能であったのですが、比較的短い期間で辞められて、あまり悪い影響はまわりに残さないようなのが、心の慰めでしょうか。
子供の頃になにか類似の出来ことがあったような気がするのですが、うまく思い出せません。

そういえば最近、基礎研究の重要性を肯定的に論じる新聞記事をよく見ます。たいへんありがたいことです。日本政府が科学研究費の補助金として予算を付けている約2千億円という額は、たとえば武田薬品の研究開発費のざっと3分の1と聞いたことがあります。日本の基礎研究はつつましいものだとぜひ分かっていただきたいものです。学術会議で最後にかかわっていた学術体制委員会の提言ですが、谷口委員長のたいへんな尽力で意をつくしたとてもよいものだと思いました。無から有が生じる、というのは日本人にはよく分かってもらえる感覚だと思うのですが、基礎科学の最高の価値はそこにあるのです。

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