昨夜は高校の先生三人といろいろお話しをして刺激がありました。平素使ってない脳のどこかが活性化したような気もあります。高校生、いまでも青雲の志もった若者たちが沢山いるに違いありません。でもなにか違うという感があったのはやはり京都という土地柄からくるもの、やはり京都の都心の高校に通う若者は他の地方の若者とはひと味ちがうのだろう、たぶんそんな風におもったのです。
帰りのタクシーのなかで、さきほどのはなしを反芻してました。
いまの若者は変化がない社会というか未来に期待を持ちにくい世相で気の毒だな,と思いました。
孫娘に一撃されて以来、昔話を始めるのがどうもつらいのですが、あえてすると、昭和の頃、1970年代くらいまでは、誰かが言ったように、日本では三代つづいて金持ちが続くことはまれ、貧乏が三代続くこともまれ、こんな風に言われました。
もうひとつ記憶に強く残るのは、世の中には三種の生きがいがあって、尊敬系、金銭系、権力系とあって、ふたつも三つも求めるのは倫理にもとる、こう言われたものでした。ひとつにしろ、と。
尊敬をかちえたいのなら金銭、権力はあきらめろ、と言われたものでした。
二代続いた総理大臣がこれを見事に否定していますね。
世の中、昭和にあった社会の変化や節度がなくなったのでしょう。世の指導者やテレビなどの人気者たちも節度がなくなったのでしょう。
若者に元気のなくなるのも無理ないか。でもこんなことがいつまでも続くはずがない、と私は固く信じています。