きょうあすでラボ閉鎖の大事業も終息に向かいます。
昨日と今日の二日間で劇的に変わりました。
なぜかすごい解放感を感じます。
日本の原子力推進事業の組織内に有力な批判者が内包出来なかったのは,残念だとおもいます。
一方で批判者側も組織の外から批判しているので、真の意味での批判者になっていなかったと思うのです。これも残念です。組織内にいたら非常に優秀かつ意義深い存在だった可能性が高いです。
たとえばわたくしが原発反対者として、しかしその意見はとりあえず抑えて、事業推進に関わるとしたら、常に安全基準で不安なら具体的にどこがどう不安なのかを指摘しながら関わるしかなかったでしょう。そういうかたちで意義を見いだしたでしょう。
先日紹介した共産党の国会議員の質問書の内容にきちんと対応出来る経産省や全国の原発組織であったらよかったと思うのです。
日本での批判がかなり全面的反対だったり、倫理的なものになって、けしからん、駄目になりがちですが、抜けている観点を検討して反対者としてはぎりぎり参加しつつ次善として意見を実現する、こういう態度が必要なのでしょう。ただ、原発推進側は国策として,問答無用、議論も批判も無用ということで突っ走ってきた傾向が強かったので批判者を内包しにくかったのでしょうか。
今回の出来事で、いまから遅くないので、なんとか組織強化、つまり批判者を出来るだけ内包して欲しいと思うのです。それがたぶん一番強い組織になるでしょう。
わたくしは組織のトップが一番大切だと思うのです。
もしも組織が単色で弱々しいと感じたら、トップ自体が推進者でありかつ批判者にならねばならないのだと思います。つまり組織内の対立をみずからが率先して助長しなければならないのだと思います。