島田紳助さんの問題解決に貢献した暴力団幹部の意義、DNA 損傷の誤りがちな修復との類似性

なるほどわたくしなりに、この紳助氏の突如引退見えてきました。
本当かどうか知りませんが、推測はこうです。
番組で紳助氏がなにか暴言らしきことを吐いた、まあ芸風のひとつですが、それがどうも右翼の逆鱗に触れるようなことであったらしい。10年以上前なのでまだ芸風があぶなすぎたのでしょうか。
それでテレビ局に毎日街宣車がきて。大音量でわーわーやったらしい。
困り果てて、テレビ局や警察にもお願いしたが、だれもなにもやってくれない。それで、芸人をやめようかと思っていたところ、窮地を助けてくれる人があらわれた。
禁固刑を判決された世界チャンピオンだった渡辺氏とか紳助氏の友人の暴力団メンバーらしいのですが、でも最後に問題解決をしてくれたのは、暴力団の大幹部らしい。
これで周辺は静かになったのでしょうが、お礼やなにか現金は動いてないと言いますが、なかなか信じにくいのですね。
でも決定的なのは、警察が捜査をして集めた証拠品のなかに、その当時かそれ以後の関係者への紳助氏の手紙や写真やメールなどがいろいろ警察の捜査で出てきたらしい。
その中で、右翼街宣車に悩んでいても警察はなにも助けてくれなかったという気持ちがあるので、どうも警察の悪口などを色々書いたものがあったらしい。相手が悪いことに、その禁固刑を受けた人たちであったらしいのです。このおはなしには誤りが含まれているでしょうが、わたくしが推測した話の骨格は、そんなものでこれならわたくし個人は納得します。
たかじん氏はこんなことで引退するか、もっとすごいのがあったのではないかと言ってるそうです。そうかもしれません。でも警察の悪口をいろいろ言った相手が、警察が逮捕して裁判にかけて牢屋に入れようとしている御仁なら、紳助氏の手紙かメールを見た警察関係者は相当怒って対抗的ななことをするだろうと想像できます。
しかし、紳助氏側からみれば、自分の社会的困難を警察が解決してくれなければ、こういう結果しかなかったということになるのかもしれません。
わたくしがなぜ納得したかというと、このお話にはいろいろ教訓がふくまれているからです。
こういう理解は今日のアサヒ新聞の社説などとはだいぶ異なります。

だいぶ話がはなれますが、DNAに障害をうけると修復機構が働きます。
例えば2本鎖DNAがスパッと切断などされるとかなり大がかりな修復が必要です。それでも元と同じに戻ります。元にもどれるのは、ひな形が残っていて、それを下敷きにして直すのです。
ところが下敷きもひな形も無い状態でDNAがスパッと切れてしまうことがあります。
こう言う場合、生物というか細胞は困ってしまって、ええままよ、ということで誤りが入るのは覚悟の上で、適当につないでしまうのです。下敷きがないので、元に戻れなくて死んでしまう場合もあれば、そこそこの直りなので、それで生き延びていくことができる場合もあります。後者の直しかたを誤りがちな修復といいます。
紳助氏はこの誤りがちな修復をしてし、生き延びたと考えると、わかりやすい。
ところがそれが10年後に警察の捜索で誤った修復であることがばれて、しかもそこにしっかり、警察がやってくれないからこうしたんやという紳助氏の言葉まで残っていた(完全な作り話ですから読んだらすぐ忘れてください)こういうことです。

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