日本人の自己主張

わたくしは自己主張の強い人(学者ですが)が好きです。
強いどころか、強烈なくらいが好きです。でもこれには上に日本人がつきます。西欧系で自己主張が強すぎる人は若いのならしょうがないのですが、ある年齢を越してそうだと敬遠します。しかし、日本人だと40代でも50代でも60代でもいわんや70代、80代ならますます、自己主張の強い人は好きでそばにいって話を聞きたがります。
たとえばPさんという人がいて、やたらに自己主張する、鼻つまみの人がいます。わたくしがそばにいくと、先生駄目ですよ、あんな人と付き合っては、絶対やめてください。なんて言われます。でも自己主張の強い日本人なんて、もう天然記念物みたいに珍しいので、とりあえずそばにいって、なんでそんなにその人は自己主張が強いのか、理解したいのです。
総じて、日本人で自己主張が強い人は、自分は充分認められてない、自分の考えも認められてないが、自分は無理解者に囲まれている、そんな風に思っている人が多いのですね。今風にいうと、わたくしにはそういう人の主張は案外無私でかわいく思えるのですね。
Pさんはまわりが理解してくれないので、しかたなくとりあえずファッションで周囲を認めさせようという作戦に出ました。それで黄色いシャツとか深紅のズボン(Pさんは男です)でラボに来る作戦に出ましたが、もちろん周囲の顰蹙を買うばかりです。ところが面白いことに、彼の人柄にはよく合っていて、研究社会以外では案外笑いと一緒になって面白い人ということで人気が出るのです。
でも本来の職業のほうではますます認められずで、上司はいかにして辞めてもらうか一生懸命考えているようです。
Rさんのケースは自己主張に攻撃性があるので、かなりきわどいケースとなっています。この人の自己主張は自分は認められていない、ここまではいいとして、でも上司とかトップの何某は自分よりはるかに劣っている、こういう主張です。自分の研究は国際的にはかなり認められている。実際5年前に公表した論文は、100回も引用されている。上司やトップはそんな論文をひとつも持ってない、それなのに自分を冷遇して追い出そうとしている。このRさんの論文での仮説は別に特別に信じられてないのですが、でもその論文での一つのデータは印象的で米国の大ボスが自分の自説にあうので引用して以来、よく引用されています。このRさんの自己主張はよく聞くと、なにもヘンなことは言っていないのです、ただいい方が嫌味というか、日本的には自己主張と言うよりは自己中心的なのです。
そこで今日の中心概念がと出てきました。ジコチューというのですか、それです。
日本人の自己主張の相当部分が自己中心的なのですね。ところが西欧人の自己主張はおおくは自己利益的なのですね。そりゃ、自己中心的だけなら、自己利益よりはかわいげがあります。
でも、自己利益は他のグループともシエアできます。その結果主張が通れば、利益をシエアする仲間ができますが、自己中心性はシエアする利益がないので、いくら主張のしかたが純粋でかわいくてもなかなか仲間はできにくい。
つまり自己主張をしているようで、戦略的に主張が達成されれば満足する仲間を増やせる勢力拡大的なタイプの主張と、主張するだけで自己満足するだけの自己満足、では大きく違いができます。周囲に対する影響は天と地ほどの差があるのです。いまの日本に足りないのは、勢力拡大的な自己主張です。
日本人の研究者の大半、95%くらいはこの勢力拡大的な主張の本人ではなく、かれらの傘のしたにいるのだなというのが、わたくしの長年の研究稼業の感想というか結論です。もちろん自分は残りの5%に入っているつもりです。

こういう憎まれ口をたたくものだからわたくしはいまでもどこに行っても嫌われているのです。

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