基礎科学に対する研究費の絶対的な額がまだまだ非常に少ないのですね。現在文科省の科学研究費補助金(科研費)が総額はたしか約1300億円ではなかったですか。これでも毎年増えてるのですが、我が国のすべての科学技術分野をカバーする補助金ですから、やはり少ないのです。比較として、K大の年間経費がちょうど同じくらいだし、薬品会社のトップである武田薬品の年間純利益3800億円を考えてください。
科研費以外にも競争的研究資金はあります。JSTの戦略研究費は約500億円ありますが、JSTは重点領域しかサポートしないし、完全にオープンに公募するのも一部だけです。多くの戦略分野はかなり限定されており、応募するのがなかなか難しいものばかりです。
そういうわけで、大学で基礎科学を続けようとする人達にとって、競合して獲得せねばならぬ研究費の総体としてのパイの大きさは絶対的に足りないのですね。
それではどうしたらいいか?
一つは、文科省等の研究費を提供する省庁に頑張って頂いてもっと研究費の総枠を増やして頂く。そのためには、研究者は無言ではいけませんね。その必要性を主張しなければいけませんよね。
それから、一方で研究者のなかにもイチロー、松井クラスが相当数いなければ納税者はなかなか納得しませんよね。これは省庁サイドから常に言われることです。日本国民のみなさんに誇りに思われ、親しまれ喜ばれる基礎科学でなければいけません。つまり科学者はお高くとまってはいけません。科学について、絶え間なく親しみ深いシグナルを発していなければいけない。マスコミとも良い関係を作る必要があります。
わたくし自身は研究の現場でもまだまだ頑張ってるつもりですし、また一方で社会的発言もそれなりにしてるつもりです。つまり現役最前線を目指してます。
わたくしの研究室のホームページhttp://kozo.lif.kyoto-u.ac.jp/から「わが国大学における生命科学の研究と教育推進の危機的状況」pdf fileをダウンロードして読んで頂ければ、日本の研究教育の状況についてのわたくしの意見はきちんと言ってるつもりです。これは文科省の政策研究所内での講演記録なのですから、本丸での発言ですので、わたくしも腹をくくってやりました。
文科省の科研費の関係者の努力によって、科研費の申請資格や利用法などは、随分改善されてきました。大学にいる人間として恥ずかしいことに、大学当局が文科省担当者よりはるかに頭が堅く、ずっと遅れた発想でいることが多くなってきました。文科省担当者が、大学がいいというならどうぞおやりください、というようなことが大学の事情で出来ないことが多くなっています。
わたくしの知り合いのかたは首都圏である大学の非常勤講師を長年やってますが、彼女は大学が許可すれば科研費申請できるのに、大学は決して認めないそうです。なぜなら、非常勤の分際で研究費などを取ろうとするなど、もともとけしからんし、もしも取ってしまったら、上にいる正規の教授や助教授が面目丸つぶれになるから駄目なのだろうと、憤慨してました。
ですから、大学の経営能力や学問に対する態度がまだまだかなり低いという事実、まずこれが第一点ですね。ご存知とも思いますが、K大などの国立大学の事務担当者は英語書類はすべて翻訳を要求してきます。その翻訳を担当するのは給与のはるかに少ない秘書さんだったりするのですね。芳しくない大学組織がたくさん温存されてます。
次に本来有力なサポーターであってもおかしくない、企業と大学のあいだが、あまり良好でないというか、円満でないのですね。大学の工学、農学、薬学関係の研究室は思いのほかに貧しい研究環境ですね。こういう分野で、いい形でのつまり発展的な研究資金の流入が企業サイドから起きるといいのですが。
しかし、企業のかたに言わせると、秘密保持とか契約事項遵守とかで、日本の大学研究室は甘いのだそうです。そうかもしれません。しかしたぶんそういうことだけでなく、研究者が国内企業に親しまれ支持される雰囲気がないことが問題なのでしょうね。大学の研究者が企業での研究者より一歩高いところにいるかのような錯覚を感じているのも、問題かもしれません。また企業サイドも大学研究室の利用のしかたがまだまだ上手でない。ひと言で言えば、もっと発展的な大学、企業関係が存在すれば、総体としての研究費のパイが大きくなるはずなのです。
それから、これはわたくしも半信半疑なのですが、日本でも税制が変われば研究費の世界も、がらっと変わるのでないかということなのです。つまり寄付に対して税金がかからなければ、かからないどころか、税での優遇があれば個人も企業も研究にたくさん寄付するであろうというものです。
英国では事実がん研究のほとんどすべては民間寄付金でまかなわれてますね。また米国では最近映画になった主人公のハワード・ヒューズの巨額な遺産による医学生物学への基金が目立った研究室300程度の全運営資金を賄ってますね。たった一人の企業家の遺産が非常に大きな影響を及ぼしてるのです。
英米の研究の足腰の強さは実は良質な民間資金が豊富に研究費に向かってるのですね。これは税制だけでは説明が出来なくて、やはり国民の「強い善意」が研究に向かってるのだと思います。わたくしには税制を変えるような方向の努力はどうしたらいいのかわかりませんので、やはり日本国民のあいだに「科学に対する強い善意」が生まれるよう微力でも努力を続けたいとおもってます。