fakeニュースという、言葉を聞いたのはトランプ米大統領が記者会見でなだたるマスコミに対してあんたのところはfake newsウソニュースと決めつけているのをテレビで見てというか聞いてからです。その後、fake newsということばは数え切れなくきいています。その間、この言葉はなにか深い実体があり、今の時代を優れて反映すると思うようになりました。
今国会で連日大問題になっている大阪の森友小学校敷地問題、ニュースのソースは多数多方面ですね、大量のニュースが出てきますが、どれが本当でどれがウソかわたくしには判断するのは殆ど不可能です。これほど、混迷したニュースはかつて経験がありません。思い出せる範囲で、ニュースに出てくるひびとは、安倍首相、首相夫人、籠池氏、夫人、子息、稲田防衛大臣、夫、松井大阪知事、橋下前大阪知事、鴻池議員、沢山の財務省関係者、もう止めておきますが、まだまだ登場人物はこれからもいるとのこと。そもそもこの学校は教育勅語を教えるということなどで一部識者がその右翼傾向を批判していたのが、いまや話は多面的になりすぎて収拾がどうなるのか。
そのカオスの中心にfake newsがあるのだとおもいます。今回はfake newsを生み出すかもしれない危険人物に野党の偉い人が自宅に行って色々その後で情報を発信しているので、ますますわかりません。
そのうえ、この間まで籠池氏批判の先頭にいたかたが突然態度を変えて籠池擁護に成り、同時に籠池氏は百万円を首相関係者(たぶん夫人)から寄付をいただいたという、聞いたらそれはfake newsでしょうといいたくなることを大声で叫びだしたのですから、しかもそれが全ての大マスコミで報道されたのですから、驚きました。
このニュースの意義は今は分かりません、政府の発言を聞けば好奇心はわきますが、それほどたいした問題ではないような、気もします。そのことの決着は今週の3月23日の国会でつくのだと聞くと、つくはずもないが、でもあらたなウソとホントのニュースが沢山出るのだろうとおもっています。
ただ、今回国会審議はウソをいうと罰せられるのだそうで、みなさん言葉には気をつけるでしょう。しかし、ウソではなくてもセンセーショナルにことを大げさに言い立てることは可能なので、まあ大マスコミから小マスコミ、それに高級から下級までどこもかしこも言い立てるでしょう。
こんなことをここまでゴチャゴチャ書いて来たのは、こんな感じいまのわたくしが棲息している研究の世界とどこか酷似しているのです。と感じています。
我々の世界では、fake newsは本人はtrue newsと思っているのに後でウソと分かるのと、最初からfake newsと分かっているのに自らの利益のために、fake newsを世に出して自らの知名度を挙げてさらには高名な地位を獲得するためにやります。前者が圧倒的に多く、後者は珍しい、でも分かれば、我々でもそれなりに大騒ぎします。
そんなこと、研究面のウソニュース、ばれたら元も子もないと考えがちですが、最近はfake news事件が多くなって、また大学の中には自らの体面もあり、罰せずにほっておくケースが多くなり、ある意味やりどくという傾向も相当にあります。怖いですが真実の一部です。やりどくが増えるのは極めて問題ですが、ばれると組織全体に累が及ぶので、穏便になりがちです。しかし、体質の悪化になることは間違いありません。
ところがもっと悪辣というか知恵があるというか、天真爛漫というか、そのあたり分からない人もいるのですが、データの改ざんなどで自分が考えるとこうであるに違いないという結論を論文としてだすひとびとも増えているのです。
元々かなりいるのですが、昔は大物がやっていたのが最近は小物がやるので、割合早くばれてしまうのですね。
でもその場合、あまり悪気がないというか、みんなやってるじゃないかという理屈でなんにも反省しない、こういう人々が増えているようです。
このfake newsの出してとfake newsの内容吟味、数が増えると収拾がつきません。しかし、fake newsを出したいという出して世間の耳目を集め、地位を高め世俗的な満足をえたいという誘惑は相当に強い時代です。
fakeなのか、trueなのか、決着がつくのに何年かかればその間にいろいろな経過が起きる、批判者と擁護者が拮抗してくれば、わけが分からなくなる。
日本は、権威者が少数でも大きな声を出すと、もしくは小声でも裏で手を回すと、なかなか素直な展開はしません。
そういう意味あいで、この大阪の予定小学校の顛末を詳しく理解してみたいとは思います。しかし、枝葉が非常に多いので、なかなかシンプルなストリーにならないかもしれません。
学術世界のほうではわたくしも環境改善に微力を尽くしたいとはおもっています。