さくらももこさんを哀悼します。

さくらももこさんがお亡くなりになりました。

漫画ちびまる子ちゃんの作者です。わたくしも沢山の読者のひとりとして、心から哀悼したいとおもいます。

わたくしは格段に熱心な読者ではなかったのですが、でもちびまる子ちゃんのお顔とアニメで聞こえるまるこちゃんの声は日本の社会に欠かせないもので、まだまだ何十年も作者と共に活躍し生き続けるものと思い込んでいました。
ですから、さくらさんが乳がんでお亡くなりになったという記事を見たときには目を疑ったものでした。
そんな話は聞いてなかった、気配も何もまったくなかった。なにもいわずにあの世に行ってしまうとは。じわじわと一人の読者としての悲しみが、かなり深いものが湧いてきました。ほんとうに残念です。
もうすこし色々なまる子ちゃんのエピソードを通じて作者のことを知りたかったでした。

その後いろんなひとがさくらももこさんやちびまる子ちゃんについて書いたものを読みました。印象的なのはだれかが、あの簡単そうな顔は、さっと描けるのではまったくなくて下書きを丁寧にして描いて、時間をかけてかき最後は下書きを消しゴムで消すというものでした。
そうなのかとつくづくまる子ちゃんの顔を見たものです。

中森さんと言う批評家の言葉に頷きました。
手塚治虫が昭和を代表する漫画家であるなら、さくらさんは平成の時代の精神の最良のものを示し続けたというものす。この方もファンなのでしょうが、おなじファンの一人として同感です。
平成は30年続いてよく失われたという冠がついたり、嬉しくない犯罪などもいろいろありましたが、でも平成の時代は日本人が芸術や学術やスポーツに一心不乱に励んだ時代なのだとわたくしは思っています。
時が経つとこの時代に日本の文化と社会は一斉に花ひらいたと後世認識されるでしょう。アニメ文化や漫画文化ばかりでなく、社会のさまざまのところで花ひらいたのです。
この時代が終わったら哀惜の念をもって思い出されるのが「平成の時代」であるにちがいありません。
元号はやたらに捨てたりしてはいけません。日本人の共通感覚、深さ浅さはあれ、大切な感覚です。

天皇皇后は来年平成の時代の終わりの言葉をわたくしたちに告げるのでしょうが、平成の時代の平和を両陛下と共に日本人は堪能したと思えるのです。
そういうかなりのつらさも伴った平成の時代に、ほんとうに生き生きとしていたちびまる子ちゃん、100年くらいは生きそうだったのに残念ながら次の時代にもはや新作を見ることができません。
とても残念です。
でも、平成の時代のちびまる子ちゃんと形容する必要はなくなりました。これから未来ずっとちびまる子ちゃんを見ると平成の時代を懐かしく思い起こせる存在になるのかもしれません。
サザエさんで戦後日本の時代を思い起こせるように。

ちびまる子ちゃんはアジアで人気の漫画だと聞きます。
彼女の精神風景はアジアの社会でのすぐれたものとして共有されていけるのかとおもうと嬉しいですね。
ちびまる子ちゃんはコスモポリタンのようですが、やはりアジアでは容易に理解される子のようですね。


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