わたくしは若い頃(といっても50才くらいになるまでは)は研究の世界でのデータ捏造事件などにはゴシップとしての軽い興味くらいしか持ちませんでした。そんなことをしてもしょせんすぐに分かってしまうし、そもそもほとんど例外的な出来事なので、真面目に興味を持つほどのことはないと思っていました。
ところがそのような考えではすまされない出来事(事件といってもいいでしょう)に遭遇していらい考えが変わりました。そしてデータ捏造は人間的に深刻な問題を提起するし、そもそも捏造をする人間の心理をそれまではぜんぜんわかってなかったのではないか、と反省したものでした。
そのことを詳しくここで書く気持ちは今日はないのですが、そもそも捏造をすることをちょっとした心の迷いでやってしまったような「性善的」解釈では事の本質にまったく近づけないのです。捏造をする人間は、「確信」してやってるのでしょう。捏造する人間を見つけて、本人の更生を迫り、本人も反省しなければ、一生そのような捏造行為を続けるだろうということです。
つまり、データ捏造というかたちでしか、科学に参加できない心的傾向を持った人間がいるということを、知らなければいけないのです。なぜそのような事をするのか。いろんな理由があるでしょうが、捏造を助長するような研究室の雰囲気があるに違いありません。しかしたぶん一番の理由は捏造が「成功」への一番の近道と確信してる人間がいるのです。
しかし、そうは言っても研究の世界に入ってから、最初の日からデータ捏造するのではなく、ある時それに近い行為をしてるはずです、その時ラボの中で発見されるか、もしくはその結果が誤っていることを指摘され、正しい実験をおこなわざるをえないような状況であれば、そのような素質をもったひとも、データ捏造をしないですむのではないかと思います。
つまり、「性悪説」に立って考えた方が、データ捏造問題は理解しやすい対応しやすいのです。稀な出来事ではなく、気をつけないと相当の割合の人がデータ捏造をしかねない素質を持って、科学の世界に入ってきてるかもしれないと思うべきです。ですから、データをきちんと解釈できないラボは、捏造者が生まれる温床です。
一般的にいえば、データを好意的に解釈するのは禁物です。あくまでも客観的に、しかもなおかつ恣意的な要素が入る可能性を研究の現場から排除すべきです。ひとつのきれいなデータがあってあることを指し示していても二重三重にデータの厚みを増やさなければなりません。場合によっては、研究室の別なメンバーが実験に参加したり、支持する結果が出るかどうか調べるべきです。わたくしは処理しすぎたデータを持ってこられるとよく注意します。生のデータを見たいと。研究室のボスが、捏造データを発見出来ないのは、たとえ無実とはいえ、その無能力ぶりは責められなければいけません。捏造者が極めて巧妙にデータを偽造している場合以外は、研究室主宰者は捏造論文の発表の罪から逃れるののは困難です。
こんなことを書いてきたのも、東大の多比良教授のグループの一連の疑惑の論文についての、東大の報告についての記事を見ての感想です。
まず「性善説」に基づいての、調査をなぜしたのかという疑問です。たぶん、データ捏造問題に経験のある、第三者が研究室での全メンバーの実験データの記載、保存法、試料の保管状態などを調査し、さらに研究室のメンバーとのインタビューを詳細に行えば、かなり正確に捏造データが生まれるラボ環境かどうかは分かるはずです。それをデータの信憑性を本人達に任せていては、どれだけやっても不透明な結論しか出ないと思うのです。疑いをかけられて、それを晴らす事が出来なければ、完全に黒というのが捏造に関するルールでしょう。
ただ東大は、すでに研究室の大学院生など全員が多比良研究室を去ったということなので、実際的な対応はかなりしっかりやってることになります。事実上、研究室は閉鎖状態なのでしょう。しかし、教授と川崎助手は残っており、今後どのような処遇をするのか、大きな問題がまだ解決せずに残ってるようです。さらに筑波にある産業技術総合研究所には大きな研究室があるということです、そちらの調査、対応はまだまだのようです。
多比良グループの研究成果は筑波大学に研究室があった初期から注目されていました。それで、いち早く共同研究を申し込んだり、短期ラボに滞在経験のある人達がおり、わたくしはそのような経験のある人達(複数)から、どうも怪しい、不可解な事が沢山ある研究室で共同研究はとてもできないという話しを聞いたことがあります。たしか、7,8年前だったような気がします。もっと前かもしれません。それ以降、このグループの成果を聞いたときにわたくしの最初の反応は、それらは他のグループが支持する結果を出したのですか、というものでした。しかし、一方で、成果をもてはやす有力研究者や研究費交付機関があったことも事実のようです。確かに本当だったら面白いのでしょう。この研究室の論文のレビューアーはどのような実験をやれといっても、しっかりそれに沿った新たなデータが付け加わって、再投稿されるので、拒絶出来ないと聞いたことがあります。
噂はそのごもずっとあったわけですが、早く調査が入れば、何も知らずに研究室に入り、気の毒な事になった若い人達がでないですんだのでしょうが。
大阪大学医学部での捏造事件はその後なんの報告もありませんが、どのようになっているのでしょうか、これは東大の場合とはまた状況がかなり異なるので、大学の対応が注目されます。