継承された研究テーマ

今日一日で報告される研究テーマでいちばん古いルーツがあるのは何かを考えてみました。
午後にしゃべったA君のDis1とみなすのが妥当かなとおもいました。
1988年に最初の論文が出ています。やはり午後に、N君が報告した、いまはコンデンシンと呼ばれるCut3とかCut14の研究も同様に古くて、変異体の分離自体は2年ほど早いのですが、Dis1は興味深い表現型とあわせて遺伝子の分離にとんでもない苦労をしたので、印象が強いです。
製薬会社で活躍しているT君はこの遺伝子がどうしてもとれずに副産物で取れた遺伝子の研究で博士の学位を取りました。なぜか多コピー抑制遺伝子ばかりが取れてしまうのです。
最初にDis変異体を分離したのは英国のエジンバラで研究室を持っているO君とエジンバラから帰国していまは長崎大学にいるA君のふたりでした。同じようなスクリーンで、低温(20度)で染色体の挙動がおかしいものを見つけようとしたのです。Crm1とよんだ核クロマチンが異常に凝縮するものはより難しそうなので、上級生のA君がやり、相対的にやさしそうなDisと呼んだものは、下級生のO君が性質を調べ始めました。Crm1はのちにタンパク質の核外移行に重要な役割を果たすことが判明したものです。

Dis変異体では染色体はまったくわかれないのにスピンドル紡錘体は伸びてるようにみえるということで、不可解な欠損表現型として興味しんしんでした。Dis1,2,3と類似の性質を持つ三つの株がとれ、それぞれことなった遺伝子機能を持っていることが後にわかったものです(Dis2はタンパク質脱リン酸化酵素、Dis3はRNA分解酵素、このDis1は微小管結合にして、M期では動原体結合性をゆうします)。

このDis1遺伝子はどうしても通常の方法では分離できなくて、染色体ウオーキングという尺取り虫のようにゲノムDNAを歩いて印をつけて、その印を目印に遺伝解析をしながら、Dis1座位に距離が近づいているのを確かめながら、分離しようとしたものです。この苦労を一身に背負ったのがいまは福井大にいるK君でした。いまからおもうと、よくぞやってくれたものと、感謝の気持ちが湧いてきます。後にも先にも染色体ウオーキングで分離した遺伝子は、この研究室ではDis1一つと思われます。

わたくしがなぜこのDis1に執念を持っているかというと、染色体を分配するときにはモータータンパク質が必要だろうと素朴に考えている時期があって、随分一生懸命調べて、結局は否定的な見解を持つようになり、このDis1タンパク質こそが微小管を縮めて染色体を運ぶ原因を作るのではないかと思い至ったからです。
いまはマンチェスター大学にいるIHさんが英国からポスドクできて、キネーシン系のタンパク質Cut7を同定して、これが染色体分配に必須とわかったときには大変喜びました。しかし論文はnatureに二報もでましたが、Cut7モーターが微小管を介して、染色体を分配しているということを示すデータはどうしても出ないで、出る結果はすべて、紡錘体装置を作るのに必須ということがわかり、がっかりしたものです。まだ他にもモータータンパク質があり大事そうなものがありそうですが、わたくしのグループではやる理由もないのでやってません。
Dis1はそのようにながい歴史があるので、いまはこれをもう少し許される時間は調べてみたいと思っています。ヒトなど脊椎動物にも類似の遺伝子がありまして、その役割については、まだいろいろ意見があって、一致しません。だから面白いとも言えます。染色体を引っ張るのに、微小管の脱重合が重要というかんがえがあり、このDis1類縁タンパク質がその引き金を引くという仮説があるのですが、そうなるかもしれないし、そうでないかもしれないのが、現状です。
A君の仕事はやり方次第でその問題にも鋭角的に入って行けそうな、端緒となるデータを持っているのですが。

今度は神戸大学の工学部教授のかたが特許申請のもととなる実験が捏造とか、きょうのネットAsahi.comに出ていました。教授クラスのひとが自ら手を下して捏造データをだすというのは、本当に由々しいことです。
やりたくはないでしょうが、過去の研究や特許を全部あらしざらい調べる必要があるでしょう。

もしも過去のレコードが潔白なら、昨今の研究費プレッシャに負けたのかもしれません。本人も捏造を認めていて、これが本当に最初の捏造ならば、どうしてそのようなことをしてしまったのか、本人の正直な弁をもしも聞くことができるのならば、処罰よりもずっと意味があるとおもいます。もしも過去の研究の多くが真実でないのなら、どうしてそのような人物が教授になり得るのか、そこのところを徹底的に調べるべきです。

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