研究費報告会二日目終わったところです。
素晴らしく進展した人達もいますが、相も変わらずの人達もおります。
すべてはまず本人の自覚からです。それと本人のdecision making,これがすべての立脚点というか、スタートですね。そこまでいってない人には本人がまず気がつくかどうか、です。
きょうは会食がありますが、熊野神社を下ったところでやるとか。わたくしはちょっと遅れて行くことになるでしょう。その前に研究費関係で相談に乗る必要があります。
研究費獲得は研究者にとって、最大の事業ですが、人のため自分のために頑張らないといけない時期があります。いわゆるグループをつくって重点研究プロジェクトに申請するような時は、その代表者になるとかなりの心労です。わたくしも複数回やりましたがしんどいものです。地下鉄の虎ノ門の駅をおりて審査会にいくとか、東京駅のすぐそば、上野公園の中、不忍池のそばのビル、地下鉄麹町のそばのビルとかいろんなところで審査を受けました。研究者としての後半はなんとかうまくいったときの方が多いのですが、若い頃には苦い落選も経験してます。ともあれ、どういう話しに今日はなりますか。
ソニーの電池の不良品回収とか。合計で500万個の電池をほんとうに回収できるのでしょうか。火をふいて家が焼けたとか、車が燃えたとか。ずいぶんひどい話しがあるようです。どれも福島の工場で作ったとかで、大変な回収事件になっています。コンピュータはデルと最初の記事で出たのですが、次の記事ではアップルになってました。しかもわたくしが使っている機種がありました。この関係のバッテリーはわたくしも、三つくらいはあるのでいちおう調べようと思っています。A1078, A1148だそうです。たしかに時折熱くて触れないくらいのことがありましたが、パソコンの中から炎が出ている画像を見ました。怖いものです。ソニーブランドが意外に壊れやすいのは誰もが認めますが、電池が火をふくのは、これはひどすぎます。
飛行機にラップトップを持って入れないことになるかもしれないとかの記事もみました、ソニーの回収経費は300億円とかですが、失ったブランドの価値はそんな金額ではないでしょう。
今朝の新聞を見ていたら、反日的日本人と媚中派日本人といういやな言葉が二つありました。媚中派は特にいやですし、こういう次元で物事を議論したくないですが、ただ反日的日本人というのをみているうちに、わたくしも20代半ば過ぎにはそういう人間だったかもしれない、ある程度こういう人もいないと国は健全ではないのではないかと思いました。
おもいだしたのは、わたくしがスイスに留学して政治的議論などができるようになった時期、研究室のボスに、天皇制よりは共和国的になったほうが日本はいいのではないかな、と深く考えずにいいましたら、ひどく詰問されたのを思いだしました。かれは純粋スイス人ですから、共和国の人間ですが、なぜ共和国がいいと思うのか、天皇制のどこが悪いのか、と矢継ぎ早にいわれて、付け焼き刃的なことで返事しましたら、こっぴどく批判されたのを思いだします。それいらい、うっかりそういうことを言わないようになりました。政治についてよく考えるようになったのはそういうことが契機だったような気がします。
政治というのは、思いこむと考えを改めるのが大変です。
中国についても、反米的な気持もあり、なんとなく中国は良いことをやっているのではないか、毛沢東は立派な人間に違いない、それにひきかえ日本は米国のいいなりではないかなどと、いまから40年前のわたくしは思っていたわけです。いつの頃からそうでなくなったのか、よくわかりませんが、日本に帰国したときにはまるで変わった意見になりました。日本は徴兵制が必要と、しばしば言って、顰蹙を買ったものでした。
それでも米国のベトナム政策に対する疑念と、ソ連悪中国善というパターン化された考えはずっと続いて持っていたことは事実です。
わたくしのような考えを持っている世代の日本人は多いでしょうから、この数年の中国の日本に対する荒々しいまでの攻撃によって、中国の失ったものはちょっと測れないくらい大きいのものでしょう。中国不信、これがいまの日本の政治の基本的潮流のことは間違いありません。しかし、それもあらたな思いこみを作っていることは間違いなく、なにごとも冷静に感情的にならないというのは政治に関する限り難しいことです。
そういえば、中国の攻撃の標的になった小泉首相が冷静だったことは見事としか言いようがありません。たぶん、この一点で長くそのことは記憶されるでしょう。
また、宮沢、橋本元首相のような対応をする首相はもうしばらくは出ないでしょう。