首都圏と地方

とうとう雨が降りました。といってもお湿り程度ですが。でもかなり砂漠状態だったので植物たちには干天の慈雨ですか。
明日から、沖縄に三日間いきますので、日曜でしたが、仕事の切れ目をつくりました。北海道に行ってるOさん達の論文作成の一区切りまでやって、それから明日沖縄に行きますので、まえもって、あれこれお願いしたいことを沖縄のほうにメールで送りました。

自民党が総裁選まもなくで朝の番組では候補の人達をよんでいろいろ意見を聞いてるようですが、ひとりだけ麻生候補の話しだけ聞く時間がありました。
このかたは今は外相ですが、前は総務相をやっていたので、地方と東京のかんけいではそれなりに専門家に近い意見をお持ちのようです。

わたくしも、今は沖縄に行きますし、すむところが滋賀県で働く場所が京都市という大都市、それから月に一回くらい東京に行きますので、東京一極集中ということはよくわかります。
特に気になるのが、なにしろ東京に出かけていって、要職のかたがたと「対面」つまり会って、彼等を納得させないと、なにも実現しないことです。
学術会議で、ITを使った会議をぜひお願いしたいと発現しても、事務サイドの反応はほとんどありません。学術会議の建物の中に遠隔地とのテレビ電話というかネット経由の会議とか、最低限電話会議をする設備がないのだそうです。信じられませんが、とりあえず皆東京に出て来い、というのが役所の根本的態度です。

わたくしの研究室の研究費も、もう20年間くらい、東京に出て行って、要職のえらい人たちの前でプランを発表して、質疑応答をすることによって、すべて得たものです。
わたくしは中央突破とか東京突破とか呼んでいたのですが、沖縄のでも京都のでもすべて東京に行かねば話しにならないのです。
たぶん、国費というものの大半はこのような東京での会議で決まっていくのでしょう。そして、そのような会議にでていていろいろ決めてる人達が、いわゆる有識者でして、そのボス達をみれば、それがほとんど役所のなかでの継承性と類似したかたちで継承されているのです。
たぶん、これを否定すると、日本の成り立ちを否定するくらいに根の深いことなのでしょう。幸いわたくしはかつてNature誌に研究費のことで批判論文をかいたおかげかどうかしりませんが、そういうものとはまったく縁なしで研究者人生を送ってこれたのは個人的にはラッキーでした。

それで、このインタビューというか出かけていくのですが、される方の時間や日時の都合などは通常まったく聞かれることはあリません。日取りが一方的に通告されたら、何が何でも行かねばなりません。研究費をもらう側からすれば、そんなことで文句を言えるはずがありません。旅費ももちろん自分で工面して行くのです。当たり前のことです。お上にあいにいくのに、そんな贅沢なことを言ったら大変です。

研究費申請書を書くのにすくなくとも一ヶ月くらい隅から隅まで細かい注意を払って書いても、たぶん隅まで読んでくれるのは一人か二人で、面接会場にいるえらい30人くらいの人達はその場のパフォーマンスである、20分か30分程度のインタビューと質疑応答でお金を出すかどうか決めるのです。大型の競争的研究資金というもののほとんどすべてが、このように東京で行われる、インタビューで決まっていくのですね。
申請書だけでは決められない、「東京での対面」がなければなにも決められない、これがおかしいと誰もが思わないのが、いまの日本の科学研究費行政なのです。
カネを出す側が、カネを出すかどうか決める側が、研究を実際にやって成果を挙げる現場の人間より一段上のように、ふるまってしまう、これが東京と地方の関係の縮図なのかもしれません。
なかには東京に行くのが嬉しくてたまらないという、地方の研究者も沢山いるようですから、持ちつ持たれつがこの構図の特徴なのでもあるのです。

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