けさ、二階の書斎(通称あなぐら)部屋からふと外を見ると猿が一匹こちらに向かって
草原をゆっくりやっててきます。
こんなに朝早く猿を見るのはたいへん珍しいことです。すぐ、きのう妻が鳥のための木の台上においたリンゴとミカン類がきれいに食べられていたのを思いだしました。
同じものがあるのではと、思ってきたのに違いありません。猿はクビを伸ばしてこちらをのぞきみてたようですが、人の気配を察して、森のほうに戻っていきました。
農機具小屋の屋根を赤ちゃん猿が走ってましたから、母子かもしれません。
そういえば、きのう昼飯時にしばらく不在のあいだに、リンゴなどが無くなっていたのを思いだしました。不在時にこっそり来るなど、ここいらの猿は奥ゆかしいです。
さて、これから日本はどうなる、その2ですが、群れる日本人は激減するというものです。
というのは、まだ群れている日本人がすこしながらいるということから始めます。
比叡山坂本の駅や、比良の家から近くのJRの駅では、あさ9時頃にときどき数十人の団体熟年登山者を見かけます。特に比叡山坂本のJR駅ではこの数年熟年登山者は非常に増えています。
ガヤガヤ、賑やかです。年の頃はわたくしくらいのひとたちから、さいきん定年になったばかりの元気そうな、ほんとうに元気そうな人達です。このような人達が、こんな平日に山で一日過ごしているのはやはりもったいないとおもうくらいに血色もはだもつやつやした人ばかりです。
かつて、パリなどを席捲した農協団体とカリカチュア化された、日本人の群れは激減して、いまやずっと上品な熟年夫人、少数ながらその連れ合いの方々をみますが、その年齢は、この熟年登山者たちの年齢を含みますが、平均してもうすこし上です。海外団体旅行者は70代の女性も相当に多いでしょう。
わたくしのみるところ、いま集団で歩き回ったり、山を登ったりしている、日本人はだいたい現在55才くらいを境にぐっと減るだろうと思います。
たぶん、少数のグループ旅行者に変化するでしょう。つまり、欧米型に変化するのだとおもいます。
わたくしも若い頃から、山歩きは大好きでしたので、湖西でもおりおりにハイキングをしていましたが、夢にもこのような団体熟年登山者たちが増える時代が来るなど思ったこともありませんでした。
なぜ団体になるのかはわかる気がします。山登りは経験がないと、ひとりやふたりだと案外不安なものです。関西の山は標高が低くても、意外に迷うところや落ちたら大怪我をしそうな難所があります。きちんとした山歩きの指導者はこの世代に決して多くおりませんから、やはりどうしてもグループが大きくなりがちです。それに、このあいだまで終身雇用で働いていた人達は、大部屋で働くことに慣れているので、20人くらいいてもまだ少ないという感覚かもしれません。
しかし、まあ山登りは4,5人くらいで行ったほうが楽しいものですが。大声で元気いっぱいの人ばかりではマイペースというわけにはいかないでしょうし。
町では見かけない、群れてるひとたちも町ではたぶんせいぜいグループ程度、海外でももう群れる行動はあまりしたがらないでしょう。やはり山なので、団体の必要性もあり、また一方で周囲に対して気にする必要もないのでしょう。
わたくしは、いまの40代やそれ以下の若い人達は、この群れる熟年登山者たちの将来の予備軍には決してならないとおもうのです。
その理由は、わたくしの独断と偏見ですが、この群れる熟年登山者たち(歩いている人達も含めて)の服装があまりにモノトーンだと思うのです。かっこいい人達がまずいないのです。わたくしの感覚では、そうです。たぶん、若い層は、羨ましいとはまずおもわないでしょう。
若い人達に羨ましいと思われる、年寄り、これがわたくしの望ましいイメージです。
彼等が決して手に入れられない生活をすごせる世代になった、と本人も周りも思うというかそうなるのがベストでしょう。
群れてる熟年世代者はその瞬間はたぶんだれからも羨ましいとは思われないでしょう。
それが、群れる日本人は激減すると予想する理由です。あと10年もしたら、山に行っても群れる熟年登山者たちは顕著に減るでしょう。その代わりに、数人や家族連れなどが増えてるはずです。それが望ましい個人史的な変化でもあるはずです。