分子生物学会の研究倫理委員会はふたつのワーキンググループを立ち上げたのですが、ふたつとも九州大学の会員にお世話をお願いすることになりました。わたくしは、どちらも最初の会合に出席させてもらって趣旨の説明などをさせてもらっています。きょうは二つめのN先生が座長をされる側のワーキンググループの会合に出席させてもらいます。本番の会合のほうは遠慮させてもらって、晩飯からの参加です。どちらも多士済々のメンバーでこういうのは楽しみです。
わたくしが最初に関門海峡を越えたのは、いつの頃か思いだそうとしているのですが、たぶん大学ではなく、大学院に入ってからではないだろうかと結論しました。ずいぶん遅いのですが、たぶん九大であった生化学会に参加してそのあとに単独で九州一周旅行をしたと思います。修士一年の秋かもしかしたら二年かもしれません。そのあとでずいぶんの回数数え切れないくらい、九州にはいきましたが、最初の旅行はずいぶん奥手の経験なのでした。
わたくしも他の人達とおなじく九州はだいすきです。どこへいっても後悔したことがありません。自然、歴史、文化、人情どれをとっても素晴らしい。唯一鹿児島あたりパチンコ屋が多すぎるのが気になるのですが。
最近行ったのを思いだそうとすると、案外行ってないことに気がつきました。N先生の記念シンポジウムで博多へいったのと、分子生物学会の年会で博多へ行って昼の間に有田までいって町をぶらぶら歩いたのはどちらがより最近か思いだそうとしているのですが、はっきりしません。記憶力の低下は悲しいばかりです。
N先生とわたくしは同じ年に退職しましたが、一緒の会合になんども行きました。やはりN先生が辞められてから、九大に行くことが減ったのは間違いないでしょう。
九州の中でも宮崎県にいくことは本当にありませんでした。考えてみると、最初に九州旅行したときに宮崎県にいったのが唯一だとおもいます。
駅から歩いていける距離の旅館に泊まったとおもうのですが、若夫婦に歓待された記憶があります。わたくしが一人で旅行していることに関心をもたれたのと、生命科学のようなことをやってることで、いろいろ聞かれた一方で、ご馳走を沢山並べられて大変なもてなしを受けました。人情になんて厚いんだろうと感心したのをおもいだします。
しかし、どう考えても、宮崎県にいったのはそれが最後です。他の県は大分あたりでも何回も行ってるのに。
息子二人を連れて九州旅行をしたときも別府から山並みハイウエーを通って九重山から阿蘇山に行ってしまいました。やはり飛行機以外は宮崎はなかなかアクセスが大変なのですね。
宮崎県にとって、東国原知事の功績は大変なものです。端倪すべからざるパワーを持つ、この新型の知事さんを見にわたくしも宮崎県庁を訪ねたいと真面目に思ってるくらいです。というか、わたくしは東国原知事を見たいとやってくる、今の時代の善男善女はどんな人達なのか一見したい好奇心があります。次回は、7月にまた講演旅行が北九州であるようなので、宮崎まで空から足を伸ばしてみますか。