捏造論文について3 On scientific fraud 3

いまこの阪大での捏造論文について書き出したらブログを読んでくださる方が急増しているので、もうすこし具体的に捏造の実体について書いておきます。
日本では捏造は多いか、少ないか、わたくしはいま広汎にしかも急速に増えてるのではないかという、危惧を持ってます。モラルの喪失と捏造技術の容易さの両方が原因でしょう。それから、論文数が生きていく糧であるという要因がますますシビアに感じられるからです。
捏造は、犯罪でいえば詐欺に近いものです。作り話を人に信じさせるのですから。ただ、捏造には2段階あって、データの捏造行為とそれを発表する行為があって、前段階は沈黙的、後者は饒舌的になります。
これを読むどなたも捏造などは考えたこともないでしょうが、もしも自分が捏造をしなければならないはめになったとしてどうするか、シミュレーションすれば、心理的に非常に困難であり、実行をするとしたら心からゾッとするはずです。でも、その心理的困難を乗り越えた人達が捏造をするのです。科学の世界における相当な犯罪であることは声を大にして言っておかねばなりません。
また捏造の種類には色々あります。何でもいいから論文が欲しい、論文があれば学位が取れる、職が見つかる、もしくは維持できるというクラスのものから、ボスに気に入られたいという人間関係の願望が原因のものや、有名になりたい、一番乗りをしたい、周りから憧憬の念で見られたいというような自我の達成のようなものがあります。この阪大のケースのように特許申請までいくと金銭欲も入るのでしょうか。
捏造の発覚は意外に少ないようです。ヒソヒソと噂はされても決定的証拠がつかみにくいものです。氷山の一角のみが表に出てくるのかもしれません。
捏造の事例は出来るだけ沢山知ってることが望ましいのです。特に研究室の主宰者は。わたくしが知ってる事例だけで薄い本一冊くらいは書けそうです。バラエティに富んでいます。
捏造ではないがデータの意図的な選別、自説に不利なデータを無視する軽視する、このような問題行為はまた別の問題であり、ここではあくまでも意図的にして詐欺的なデータの偽造を考えてください。
さて、捏造をした大半の人達は徹底的に否定します。これがわたくしが知るケースです。動かせぬ証拠があって始めて認めるものです。そのうえでデータを出した本人がどのように認めるかです、将来の人生があるわけですから、当該組織となんらかの取引をするケースもあるでしょう。組織としても外聞が悪いし、できたらあまり話題になって欲しいと思うことはないでしょう。それゆえ、データを出した本人が非を認めて、静かに姿を消す場合も多いです。
今回の阪大捏造事件は、関係者が著名な研究者達で、それにエリート学生です。このケースの究明は非常に多くの意義ある教訓を残すでしょう、またどのように対策をたて解決をするか、これもモデルケースとして大変参考になるでしょう。
背景は深そうだし、どなたかがお書きのように前任教授の作り上げた研究環境を現職の教授が受け継いでいるのだったら、何となく現教授までもが人ごとのように感じる雰囲気が醸し出されたのかもしれません。そうでしたら、ますます体質、風土とそのようなレベルでの批判が阪大に向かう可能性が高くなります。
ここは阪大の名誉にかけてしっかりとそして人間的に対応して欲しい、強い願いです。

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