最初の頃はよく分からずに色々ありましたが、ともあれ投稿千回を超えましたので、ブログタイトルを変えて再出発をしたいとおもいます。
正直、無欠勤主義できたこのブログがしんどくなりました。それで週休2日としつこくいってるのは、これは自分にも言い聞かせてるのです。つまり仕事中毒人間のわたくしが、ブログ中毒化の危険性を感じ始めたのです。
またブログタイトルを変えてマンネリ化を避けたいということでもあります。
毎年数報の論文を書き続けてきてていますが、タイトルはもちろん毎報違います。こういうふうにおなじタイトルでこんな長期間書き連ねた経験はかつてありません。今後もないでしょう。
定年はつらい、これがいまでもの生活実感です。なんの不満があるか、という周囲の意見はもちろんよくわかっていますが、しかし実感なのですからしかたないでしょう。
研究社会のよけいもの、おあまり、お情けの研究人生、なんでここまで若い先生方に邪険に扱われるのだろうか、というのが正直な感です。それじゃ被害妄想だろうということですが、まさにそのとおり、被害妄想だと自分でもおもいます。
しかし、そこから来る「深い」怒りでいまも現場で研究をしているという、感もあります。被害妄想さまさまです。この定年後の三年弱、わたくしの研究面での基本感情は「怒り」でしたが、まあそれをいったら、おしまいですよ、そういうことなので、このブログのおしまいの日に書くことにしました。しかたのない怒りです。ユーモアでしか、受け止められない、怒りです。
諦観とは紙の裏表の感覚です。
海外にいくと、そのような「差別」がないので、ほんとに呼吸がしやすくなる感があります。自然体でいけるので、ときおり海外にでて、色んな研究者と接触してバランス感覚を保っている感があります。
定年と同時に研究を止めざるを得なかった、多くのひとびとに深い共感と連帯を感じます。かれらのためにも頑張りたい、後押ししてほしい、こういう気持です。
わたくしにはまだまだ前途に険しくて難しい問題が沢山あります。どれも相当に難しいので、気持的には萎えていますが、しかし現場での研究を続けようと思えば、これらの困難にも直面しなければなりません。
多くの読んでいただいた人達に、深く感謝します。毎日かきつらねた駄文を、読んでいただけるだけでありがたい、と申し上げます。
あっちこっちで読んでますよ、といわれます。もちろん嬉しいことです。社会とつながっているという、感覚が生まれますからね。
先ほど、ブログ開設いらいの訪問者数をみましたら、145万8千600人とありました。ありがとうございました。
「生きるすべ」というブログタイトルでまたお会いしたいものです。