いよいよ長い連休です。わたくしは、6日に大阪まで出かける用事があるので、のんびり休み続けるわけにはいかないのですが、それでもなんとなく嬉しい感じがあります。
それに研究面でもいろいろ節目にきてるものが多いものですから。ちょっと、気分をかえたいというのが、正直な気持ちです。
きょうも研究面で今後の方向付けの話しをしました。
今年は始めから忙しく、のんびり出来たような日々がホントに少なかったかんじです。
ここいらで気分転換して、すこしピッチを落としたいものです。
5日くらいには息子達も姿をあらわすようなので、さらに賑やかになるでしょう。
けさ、妻や娘と少子化の話しをしました。
わたくしはこの問題については、大きな点でははっきりした意見をもっているのですが、プラクティカルな話しになれば、自分が話すより、聞く側にたった方がいいのです。
娘がいうには、東京あたりでは、まず現に職を持っているという証拠をみせないと、保育園にいれるのはなかなか難しいとのこと、です。それに、お役所は子供を育てるのは母親という固定観念のもとにすべて行政をしているので、仕事を続けようとする、女性にとっては、働く環境は非常に難しいとのことです。現にこの春からやっと子供達を保育に出せるようになった体験があるので、意見ははっきりしていて、こんな社会環境では、子供をおおくもとうとする女性がすくなくとも首都圏では、増えるはずがないとのことでした。
出産を無料にするとか、二人目三人目からは税制とかお金とかでいいことがあるようにしても、実際に子供を預けて働く女性の側からすれば、その保育園問題がが変わらない限り、根本的にはなにも変化が起きないのではないかという意見は説得力がありました。これは、沖縄でも似たような話を聞きました。
男性というか父親が、育児について、行政としてはほとんどなにもしない人達という定義では、これも少子化対策ととしては駄目なのでしょうね。
わたくしなどは、子供が三人いても、育児についてはなにひとつ、まったく先進的な行動をしてきませんでしたので、ただただ意見を聞くだけです。こういうことになりますと。
特に妻の前では、小さくならざるをえません。
それを前提にしてですが、少子化は結局、日本では母親問題にしてしまってるのだなと、思えました。実はおばあちゃんのありなし、傍にいる、いないも関係ありそうで、結局日本では女性にプラクティカルなことを押しつけてきた経緯があり、いままもいちばん困難なところを依然女性達に押しつけてるのでしょうか。
若い男性はあきらかに格段にむかしよりは進歩しているので、ましにはなってるのでしょうが。
あまりにも急激な少子化は社会的に深い問題をおこすでしょう。そのためにも、少子化対策は必要です。子供がほしい夫婦が社会的困難を強く感じずに持つには、まず一番大切なことは、スムースな保育所探しであるということなのだろうかと思いました。もちろん経済的にも可能な範囲でみつかるというのも条件でしょうが。しかし、少子化状態なのに、保育所がなかなか見つからないというのは、アイロニーが強すぎます。しかも日本の中でいちばん少子化が進行している、首都圏でそういうことのですね。小さい子供は家で母親が面倒見なさいというのが、行政の奥底での基本的かんがえとすると、世の中でいう少子化対策はすべて効果が出にくいかもしれません。