きょうは沢山書きたいことがあるのですが、時間があまりありません。それに夜は新監督オッシムの采配のサッカー試合もありますし。
このあいだ東京で食事をしたときにある青年がいまの日本のマスコミの良心は日刊ゲンダイなどと口走ってるのを聞いて、まさかあの夕刊紙がとは思ったのですが、久しぶりに買って読んでみました。そしたらこのあいだの亀田選手のボクシング試合時のTBSの放映態度をけちょんけちょんにやっつけている吉川潮という人のコラムがありました。テレビ史上最悪、最低のボクシング中継をやったTBSの厚顔無恥とキャプションがあり、内容は2時間24分の枠をとりながら、ゴングは鳴ったのは放送が始まって1時間27分後、上げ底にも程があると評しています。あとから、あれは一部と二部に分かれていたと弁解してるそうですが、そういうことは前もって何も知らせていない。この間延々とCMを垂れ流し。思わずくそったれと毒づいたと書いてあります。これ、わたくしが何日か前に書いたブログの時の意見と基本的に同じ。なるほど、わたくしが良心的な程度にゲンダイも良心的なコラムを載せてるじゃないか(ただ裸の女性の写真はこの日のには特に多いような気がしましたが)と思いました。わたくしは、TBSに鉄槌をおろして、一ヶ月程度の放送禁止をさせても諸手をあげて賛成したい気持です。あのボクシング放映はマスコミの規範のすべてを放擲した行為だと思いました。特に心配なのは、このTBSのらんちき騒ぎ(他の番組でのこの亀田の扱い方など)を他の大マスコミがまったく批判してないことです。これは、とても危ない状況です。
皆脛に傷があるので、言えないのでしょうね。
きょうの広告を見ると週刊文春か新潮のどちらかがこのTBSに批判的な記事を書き出しているようですが、内容は見ていません。
あと、このゲンダイのメインな記事ですが、田中長野県知事のの敗北原因の分析と、小沢、真紀子、康夫(田中前知事)連合とかいうちょっと怪しげな見出しが躍ってましたが、藤原紀香嬢の参議院出馬(小さな?マーク付き)の記事もあわせて、昔のゲンダイと手法はかわらない記事作りと見受けました。ただ安倍政権への警鐘を大きく鳴らす点では朝日新聞などより一歩先をいってる感じです。
さてきょうは、国論が二分した時の新聞の役割なのですが、どうも日本の新聞は二分した意見の片方に乗りすぎて、のちのち大きな過ちを犯すのではないか。至近の出来事としては、このあいだの選挙で小泉首相の郵政民営化一本やりの選挙戦にすべてのマスコミが乗せられてしまったということですね。でもいちばん、われわれが知っておかねばならぬことは、日米開戦時すべての新聞が開戦賛成、というか開戦必至という見方で一致していたことです。このときに国民の意見がそこまで開戦に一致していたとは思えません、やはりマスコミが一致しているので、それである程度安心してというか異論を唱える必要もなく開戦論に乗っていったという経緯があるともいえます。こういう見方には異論があるのは承知していますが。しかし、間違いなく大マスコミのうちひとつも開戦に異論を唱えたものはありません。
さて、現在の新聞、テレビ、通信社をみますと、朝日、毎日、共同通信社の三つがいわゆる中国に親近寛容派で、サンケイが批判派で、読売と日経は立場があるのかないのかわかりません(よくいって是々非々か)。テレビ局はNHKは何を考えているのかこれもわからないで、他のテレビ局はボクシング放映で乱痴気騒ぎをしていて一方で筑紫キャスターがおごそかになにかをいうような局ばかりで、個人はいるかもしれませんがマスコミ組織体としてほとんど意味がないと思うのです。
さて、このような状況で憲法改正では読売が前から改正に前向きで、朝日などと意見の相違があったのですが、最近は朝日も憲法改正絶対反対ではなくなってみたいでそれほど激しい反対意見は見なくなりました。
さて、わたくしが今日言いたかったのは、これからの一ヶ月間自民党総裁選にからんで、大量の報道が靖国や対中国問題でなされるでしょうが、国論が二分されてる問題をますます亀裂を激しくする方向に行くことの危険性です。
というのは日本の大マスコミは最後は横並びになる可能性が大だからです。彼等は大マスコミ同志や内部での亀裂を非常に警戒はするが、国論を二分して亀裂を激しくすることに貢献することになんの躊躇も無いように見えるからです。これはたいへん恐ろしいことです。かれらはたぶん、最後は横並びに同じ意見になることを読んでいるので、安心して亀裂を大きくしても平気なのでしょうか。わたくしが政治的な新聞記事を総じて好きになれないのはこういう点の無責任さが共通にあるかのようにみえるからです。
歴史的に見ても社運をかけて、大マスコミ同志が激しくやり合ったことはほとんどありません。最近ではNHKと新聞のあいだで、番組制作者と政治家が会った会わないとの激しいさや当てがありましたが、事実認識の争いでだったので前向きなかたちで発展しませんでした。
日本の将来の健全さのためには、嘘の記事や、誹謗中傷がなければ、政治的意見の大きく異なる大マスコミがあってなんら問題はないとおもうのです。国民のほうはわたくしのみるところ非常に成熟してきていて、意見の違いを実に中庸に寛容にかつ賢く受け止めることが出来ます。一方でTBSの最悪の放映に視聴者の怒りが殺到するという健全さももっています。ここまで来た水準の高い国民に、ふさわしいヘテロな意見を持ったマスコミが欲しいですね。日本の安全保障のためにも、一朝事あるときに、一斉に一つに向かう現マスコミの傾向や、目の前で起きている自分たちの仲間のやることは批判しないこのような傾向が続くうちは、まだまだ国民にふさわしいマスコミが存在しないと思うのです。