吉田神社の節分祭、細胞の肥満と巨大化

朝のバス、熊野神社で多数の乗客がありました。年齢層は手作り市のときよりもすくなくとも10才以上は上です。何だろうとぼんやり考えていたら、バスが京大の傍まで来て分かりました。
屋台が見えました。
吉田神社の節分祭りでした。なるほど地元のかたたちが沢山くるんだと、再認識。東一条のバス停には市バスの係りの人が二人いて愛想良く乗客に声をかけていました。
それで思い立って午後2時頃に久しぶりにいってみました。
参道にある沢山の屋台のほとんどは食べ物やですが、客はほとんど止まりません。歩きながらなにか食べている人は100人にひとりかな。あまりお腹の減ってない時間帯でしたが。
階段をあがって本殿でお祈りをしてきました。無病息災はむりなので、一病息災くらいのお願いです。あと家内安全。
秘書のSさんの勧めもあり始めて福引きを買ってみました。豆もついてきました。景品には新車もあるとか。

早朝NN君の論文をやっていて疲れて、視線を書架に向けたら、卵のひみつという本が見えました。昭和25年刊とありますから、わたくしがまだ小学校の時に読んだ子供用の科学本なのでしょう。ぱらぱらめくると卵の大きさの比較をしていました。ダチョウが一番大きいが、モアというかつてニュージーランドにいた恐鳥ともいう鳥の卵はもっと大きかったと書いてありました。ニワトリの卵できるオムレツがダチョウの卵だと150個分できると書いてあります。モアの卵は長さが30センチもあったとか。それからなんでニワトリは毎日卵を産むのかとか面白いことがどのページにも書いてあります。
細胞の大きさというのはいろいろ面白い問題があるに違いありません。
太った人は太った分細胞の数が多いわけではなく、個々の細胞が肥満してしまったのですね。
卵が大きくなるのはもちろん肥満とはいいませんが、巨大化の現象で卵白とか卵黄に相当する養分をひたすら蓄積すると最初は小さかった細胞が大きくなってきます。
人の肥満だと脂肪細胞というのですが脂肪滴という名前のオルガネラの中に脂肪が沢山蓄積されてくるのですね。最近この現象に興味を持ちだしています。酵母は壁が厚くて大きくなれないので一個の細胞に蓄積する脂肪の量はたかがしれていますが、どんどん大きくなれる細胞では、際限なく脂肪が蓄えられて行くに違いありません。昔からの研究があるのですが、現代の研究感覚でこの問題にアプローチすると色んなことが分かるに違いありません。
大きな卵を作る現象と人の肥満した脂肪細胞は似ても似つかない感じですが、でもたぶん背景にある現象を調べると類似性は出てくるに違いありません。
肥満でなく大きいというか長い細胞ということになれば、わたくしの持っている教書的知識では座骨神経の細胞のようなものは非常に長いと言われています。
長いだけでなく生まれた時の細胞がそのまま使われて死ぬまで同じ細胞といわれています。体の成長に伴って長くなり太くなるのでしょうが、でも細胞の分裂は起こらないと言われています。たしかに腰から足の先端まであるような細胞が分裂するといったら、考えただけでもたいへんで生まれた時の細胞を死ぬまで大切に使っていくのでしょうか。
このあたりの細胞の巨大化と長寿化というのはとてもおもしろい。
それと同時に、われわれが意外に立体的なものの感覚が貧弱だと気がつきます。
これは10分の1の縮尺のモデルです。と言われたときになるほど10分の1か、などと思うのですが、体積的には千分の一なのですね。1トンのものが1キロになってしまうのです。この感覚のずれがなかなか埋められません。長さで10の9乗も違うものの体積ではといわれてもおいそれとは感覚がついていかない。この感覚トレーニングに慣れるのに何年もかかるのです。
わたくしは10年くらい電子顕微鏡を使った研究をしていたのでわりあいとこのあたりの空間感覚はあるつもりです。でもしょっちゅううっかりします。

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