きのうの話題の続きみたいなものです。
万能細胞と最近は呼んでいるようです。
このあいだまでは全能細胞といっていたはずでしたが。
いまは両方使われているのでしょう。正確にはの山中さんの研究で作成される細胞はiPS万能細胞と呼ぶようです。体細胞のなかに四つの遺伝子を導入すると、幹細胞のような性質をしめし、発生中の胚に混ぜればどの組織にもなりうる、そういう点で万能なのでしょう。
全能というと、全能の神とか、神様的な存在ですが、万能というと機械というかなんでもこなすツールというかんじです。
言葉としてこれから医療でどんどん使われていく可能性をかんがえれば明らかに万能のほうが良いのでしょう。
英語ではPluripotentつまり多能性になるのでしょうが、やはり万能のほうが語感がいいのでしょうか。iPSとはinduced pluripotent stem cellの略です。
ニンジンでしたか植物の組織細胞をすりつぶして、一つの細胞から培養を続けると、また植物個体が実験的に作られるということはかなり昔から知られていました。
そういう性質には植物細胞の全能性と表現されてわたくしも若い頃に学んで植物はすごいもんだな、と感心したものです。
でも動物は海綿のような簡単な生物では似たことは出来ても、高等動物になったらいっぺん分化した細胞は後戻りできないとか聞いたものです。わたくしが大学院生の時に学びました。
カエルのクローンができるとか、はそのすこし後です。
岡田先生と江口さんはイモリの眼の水晶体の再生の研究を一緒にされていましたが、そのうち分化した細胞が転換するに成功したと、麻雀しながら聞いたのを思いだします。
こういう話は科学の話です。
科学では、たいていの研究には、源流が次から次に出てくるのです。
分化細胞のもっている多能性は長い研究の歴史があるのでして、理学部で教授をしている阿形さんが研究をしているプラナリアの再生能力などの研究はほんとに昔からあるのです。
ですから、医学の世界での進歩を聞くと、科学系の生物学者はそんなことは植物なら50年前、扁形動物なら20年前とか、できてましたよ、とか例えばですがそんなふうにいうのです。
科学出身の生物学者は下等な生物をやっている人ほど、高等な生物の研究の個別的な研究にはあまり興味を示さないものです。
しかし、医学には病気という体系の大本があるので、研究の価値観が折々にまったく違うことを理解する必要があります。
今回の山中グループの研究は、医学的な基礎研究と医療面での大きな可能性の両面でわたくしは、素晴らしいとおもうのです。
しかし、わたくしの内面に2つある価値観の内の一つにもとずいて発言していることも確かです。
素晴らしさの感覚のもとになる価値観は普通の基礎的な生物科学のものとはかなり異なって、やはり人間への応用の無限の可能性を感じるからです。わたくしの場合、医者じゃありませんから、医学ではなくてむしろ人間生物学とでもいう者ものから来る関心です。
理学部あたりにたくさんの頭脳優秀な若者が入って生物学をやるのですが、医学と科学の価値観の違いに鋭敏に反応して自分の将来を考えてほしいなあとむかししばしばおもいました。
どちらが上とかでなく、それぞれの研究にはそれぞれの背景があり、また異なった可能性と将来性があるという当たり前のことに早く気がつくことでしょう。