東大の秋入学を端緒にいろいろなことが起きるだろう、という予測があるようです。要するに、日本人の若者で世界中どこにいっても働ける人材が少なすぎる、という企業などでの強い実感が背景にあるようです。それが東大のような日本の[支配者たち」を作る大学にも伝播したのでしょう。わたくしに言わせればそれを言う年配の人達の何パーセントがかつて世界どこでも働けたかです。その欠陥のツケがいまいっぺんにやってきたのでしょう。
たぶん商社の外国駐在員や、外国に高額の機器を売ったメーカーのエンジニアがそのような人材だったのでしょう。日本の商社がいまものすごく儲けているとか聞きますし、東芝、日立のように沢山売ったモノの面倒を見るエンジニアが世界中に出かけた企業が好調と聞くと、こういう企業は元々世界企業だったし、と思うのです。わたくしは日本電子という電子顕微鏡製造会社のサービスマンの何人かと20代の若い頃に会っていてかれらのたいへんな苦労話を聞いています。たった一人で欧州全体のサービスを鉄道でカバーするなんていうのはザラだったのでした。かれらのすごい能力とそれに比較した語学の貧弱さは欧州の電子顕微鏡のスペシャリストのあいだでも語りぐさでした。
よく聞いた話しは、ほとんどコミュニケーションできないので不安に思っていたら、完ぺきに直してそのうえ、性能を上げてくれたなど、賞賛の言葉をたくさん聞き、わたくしも嬉しく思ったものでした。日本電子のひとたちに聞くと、現地にいって装置の置かれた状態をみるだけでどんな故障かだいたい見当がつくとのことでした。国民気質で壊しやすい、壊れやすい部位があるのだそうです。
その当時でも英語使いのはずの外務省つまり大使館の人なんて言うのは、実際には通用しない典型だったのでしょう。
それに親方日の丸で若い癖にもう国から派遣されたなんていうプライド意識ばかりの大学の若い先生なんかは、駄目だな、ほんと弱いな、という実感でした。たぶんいまも似たようなものでしょう。
自己正当化するわけではありませんが、自分の将来がまだなにも決まっていない、職はなにもない若い時代に海外で生き抜く経験をもつことが世界に通用する人材の養成方法だと思うのです。若いときの貧乏は貴重な財産になるはずです。
海外ではまず挨拶と現地のひとたちと仲良くなることです。週末には現地の人達の集まりというかパーティに呼ばれれば、それでいいのです。成功です。パーティの目玉人物になれれば素晴らしい。海外でも自然に現地の人に好かれるなにかのパフォーマンスができる。これが世界人材の基本必須です。そういう若者が日本で増えるのならほんとにいいのですが。
東大が乗り出したことで、日本の若者の世界人材化はかならずや[制度化」されるはずです。東大の得意技です。どのように制度化されるかはわかりません。でもそうなるし、たぶん間違いないはずです。灘やラサールや開成の中学生がいま何を考えているか、調べると面白いでしょう。
自分の将来にみんな国の支援を考えているようだったら、もう駄目でしょう。裸でひとりで、外国へ行く、そういう気持ちがいちばん大切でしょう。
それさえできれば、日本の若者の魅力は世界に伝わるでしょう。
それがはね返って、日本の世界化に寄与するはずです。