ある危機感

fund agencyとは研究費を研究者の申請に応えて審査して、目的にかない内容の優れたものの申請者にあたえる機関のことをいいます。我が国では大きなものは国もしくはそれに準ずるものです。米国や英国では民間財団の資金力が強くたとえばがん研究などは英国では民間の財団に著しく負っています。

わたくしが今日こんなタイトルで書こうと思い立ったのは、日本の生命科学関係の研究費はかなり危機的な状況にあり、だれかが意図的に引っ張っていないのに、ある方向にずんずん向かっている。大げさにいえば破滅的な状況かもしれないが、誰かが意図的にしてないがゆえに、批判すべき特定組織があるわけでもなく、研究者がまるで自発的にそういう方向に向かっているかのようで、それがわたくしの危機感を高くしているのです。

研究チームは育てることにより優れた成果を上げることができます。
若い研究者が一人で頑張ってやっていたことが周囲の評価をうけ、研究規模を大きくしてますます成果を上げる。日本はこの部分はまあうまくいっているのです。すこし辛口にいえば若手で目立つ成果を上げる人達がかなりすくないので、funding agencyもこのレベルの研究者を待ち望んでいるからです。
一つ目立った成果を上げると、5年くらいの研究費を得ることができます。うまくいけば次なるステップにいけるかもしれません。
次の段階は目立った研究成果を複数連続的にあげた研究者の段階でこのクラスは大学なら教授になれるはずです。研究費も年間3千万円とか5千万円以上になるでしょう。それぞれの分野で我が国の代表研究者になっているはずです。この層の研究者はいまの日本それほど多くないこともありだいたい手厚く対応される可能性が高いです。少なくとも研究費のラウンドを一回あたり5年として、10年くらいまでは。
このレベルで新顔のリーダーが沢山出て、切磋琢磨が起きることが望ましいに決まっています。
問題は、この層の研究をその後国はどのようにあつかうか確かな方針はどこにもないのです。
40代前半か半ばで高い研究能力と運営遂行能力に達した研究者はどのようになるのか、誰かからはっきりした意見を聞いたことがありません。ある程度の規模に達したラボが研究費を絶たれたらどうなるか、あまり想像したくありません。しかし、いまの日本そういうことが沢山起き出しているのです。
もしかしたら、ラボは見かけ続いているかもしれません。でもほんとうにやりたいことではなくて、研究費を獲得するため、さらにはラボに新顔の学生やポスドクを得るためにプロジェクトが言葉は悪いがねじ曲がるもしくは長い目でみればほとんど無意味な研究の方向に向かっているのかもしれません。
頑固にやりたいプロジェクトを出せばそれは研究費をもらえなくなる。人件費も払えなければ若手研究者家族もろとも放浪せざるを得なくなる。

現今の日本の研究の問題は、国を代表するような研究者たちが長期的な研究費を絶たれて、実質的にラボを閉鎖するかもしくはやってはいけない研究の方向に向かってなんとか延命を図るかの岐路に立たされているのです。
このようなエピソードは少数の研究者しか該当しないと思われる方々もいるでしょう。
しかし、ニュートンもダーウインもファラディーも一人しかいません二人も三人もいらないのです。
国の学問の水準は結局切磋琢磨の最後に残ったごくごく少数の人々によって評価が定まるのです。
ある水準以上に達した研究者たちは自由にやらせることが一番大切
。周囲は羽目を外しすぎたら止めるぐらいでいいのだとおもいます。

研究費を与えるfunding agencyの側は祈るような気持ちで研究費を各研究者に渡しているのでしょう。
有効に使われて素晴らしい成果が生まれることを。
そのお金でまさに無から有が生ずるような成果が生まれるかもしれないのです。
研究者の情熱が非常に高ければ、その可能性は高いのです。
非常に高い水準の研究が多数あって初めて世紀にひとりとかふたりの歴史上の科学者がうまれるのです。
わたくしはいつもそう思っています。

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